第141話 スーパーヒーローは目指せない
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、う……ぅ、ううぅ……!」
身体にのしかかる地球の重力。古我知さんと瀧上の重さ。スーツそのものの重量。それら全てがネックとなり、階段を登る俺を苦しめる。このブチ折れた左腕では、手すりを掴むこともできない。
やむを得ず、俺は螺旋の外回りに寄り掛かりながら、一歩ずつ上に向かっていく。内回りだと、肘から飛び出た骨をぶつけてしまうからだ。
後ろから浸水によるけたたましい水音が響いて来る――が、振り返ることはない。そんな暇があるなら、少しでも上を目指すべきだろう。
――そうして、許された時間の全てを階段に注ぎ続けて……どれくらいの時間が経っただろうか。
昇り始める前は、確かに背後が気になって仕方なかった。浸水の深さに追いつかれてしまえば、命はないからだ。
だが、時間が経つに連れ、水流の音が傍で轟いてもペースが上がらなくなり、目の前以外を気に留める意識すらも失われていったのだ。
危険な状況は今も続いているはずなのに、足が持ち上がらない。気持ちの強さではどうにもならないレベルまで、疲労が蓄積してしまったのだろうか?
常に階段を登っているはずの足元を、海水が浸し続けているという絶体絶命な事態だというのに、気持ちに反して身体が動かなくなっていく。
そんな全身の不協和音は、次第に身体だけではなく、意識にも影響を与えるようになっていた。
――「危険」なものが、見えなくなってくる。なにが「危険」なものなのか、わからなくなっていく。歩けば歩くほど、そんな意味のわからない現象が襲い掛かってくるのだ。
「危険」が続き過ぎて感覚がおかしくなり、「危険」が「危険」だとわからなくなってきているのかも知れない。頭がぼんやりしていて、膝も震えていた。
少しでもペースを落とせば海水に足元を取られ、倒れてしまいそうだという状況なのに、まるで緊張感が沸いて来ない。
片足を一段目に乗せた瞬間のような、心の芯まで張り詰めていたあの感覚も、今ではすっかり薄れてしまっている。
「……ヒュウ、ヒューゥ……」
息も次第に詰まり、露出した口元からは、汗や唾液や血が立て続けに流れている。右腕や顎の感覚も、気がつけばすっかり希薄になってしまっていた。
こうなっては、もはや今の自分に正常な意識があるのかもわからない。
もしかしたら本当の自分は、とっくに海水に飲まれて死んでいるんじゃないか? こうして歩いているのは、生きている「つもり」でいる俺の幽霊なんじゃないか?
――そう思ってしまうほどに、全身に感覚がないのだ。生きているのか死んでいるのか。今の俺は、それすらも見失っている。
「……あ」
ふと、そんな俺のひび割れた視界の中に、一筋の光明がさしそめる。あの輝き――下界をまばゆく照ら
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