第125話 ヤークトパンタン
[4/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
救芽井と、僅かに視線が交わる。「救済の先駆者」のバイザーの先には――今にも泣きそうな、いたいけな少女の瞳が隠れていた。
そして、その眼が誘う情に流され、本当に逃げ出したくなってしまう前に――俺は、彼女を視界から外す。刹那、背後から彼女の悲しげな声が漏れて来た。
……ごめん、救芽井。「自分が生き残ることがレスキューの基本」だって、何度もお前は口酸っぱくして教えてくれてたけど……今は、それ以上に彼が気になってしょうがないんだよ。
そして、俺が――俺達全員が、たった一人の男に注目を注ぎ、再び張り詰めた空気が辺りを包んだ時。
このグランドホール全体を飲み込む、緊張感で固められた世界を打ち砕くように――彼が、動き出した。
「……そうか。あくまで、オレの正義を認めないと――屈しないと、そういうことなのだな」
壁のコンピュータから手を離し、鋼鉄の鎧に身を固めた男は、ゆらりとこちらへ振り返る。
まるで「感情」という「概念」を無くしてしまったかのような、酷く冷たいその声は……さっきまで怒り狂っていた姿とは、対極とも言える程に掛け離れていた。
人は、一定の怒りのラインを越えてしまうと、却って冷静になる――という話を聞いたことがある。
それを彼に当て嵌めるなら、あの冷酷な声色と……全身に漂う殺気にも、合点がいく。
錆び付いた鋼鉄の、凍り付くような冷たさで覆い尽くされた身体。その肉体ならざる肉体に、心の芯まで冷やされてしまったのだろうか。もはや彼の口調からは、怒りも喜びも悲しみも、何一つ感じ取ることが出来なくなっていた。
「いいだろう。よく、わかった。――ならばオレも、相応の覚悟で戦わせてもらう」
そして――その淡々とした声で呟かれた言葉と共に、彼の厳つい鉄製の掌が、天井へ向けて翳された時。
その動作を合図にするかの如きタイミングで、このグランドホール全体に異変が訪れたのだ。
足元から揺さぶられ、姿勢が安定しない。頭上から、小さな石がパラパラと降り注ぎ、この地下を構成している空間全体に、山崩れを彷彿させる程の轟音が鳴り響く。
瀧上さんが何をしたのか。何をするつもりなのか。その実態は未だに掴めないが、この現象に近しい経験を、俺は知っている。
そう、例えるならこれは――地震ッ!
「……ッ! なんだッ!?」
「何この揺れっ……じ、地震ッ!?」
「くッ――うろたえるんじゃありませんわッ! 各員、警戒を怠ってはなりませんッ!」
俺や救芽井だけではなく、何か知っている風の所長さんや「必要悪」を除くほぼ全員が、この事態に困惑している。必死にパニック化を抑えようと声を張り上げている久水も、僅かに視線を泳がせていた。
――所長さん、あんたは何を知っている? 何が起きると、予想してるんだ…
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ