第113話 立ち上がる男
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だろうか。救芽井は「信じられない」という顔を一瞬俺に向けると、目を閉じて口元を緩ませ、ポロポロと二筋の雫を頬に伝わせる。
世間では、どんな悪にも毅然と立ち向かうスーパーヒロイン兼アイドル、として知られている彼女。だけど、その重圧に隠された実態は、こんなにも泣き虫で、甘えん坊で、怖がりな……ごく普通の女の子なんだ。
そして、それを知っていて「普通」に受け入れている奴は、俺以外にもたくさんいる。矢村に、久水に、四郷に、ちょっと不安だけど茂さん。
そんな味方を得た彼女が、いつまでもぴーぴー泣いてるなんてもったいない。やっぱり、こうして笑っていてくれるのが一番いい。……泣かれるのは罪悪感沸くから、勘弁してほしいところなんだけど。
「……そやな。そらそうやわ。――よぉしッ! 喧嘩っつったら龍太の得意分野やなッ! 茂さんの時みたいに、ズコッ! バコッ! とカッコよく決めて来ぃやッ!」
「人をチンピラみたいに扱わないで下さる!? あとその擬音やめろ!」
「え? なんかいけんの?」
「龍太様ッ! 鮎子をズコッ! バコッ! とやっつけるくらいなら、ワタクシにズコッ! バコッ! とキメて下さいましッ!」
「お前は絶対わかってて言ってるだろう!? 試験の趣旨変わってんぞ!」
「一煉寺龍太ッ! 絶対に負けるでないぞッ! ズコッ! バコッ!」
「あんたに至っては結局ソレが言いたいだけだろッ!」
……一方、余りにも平常運転な連中に、俺は試験前から既に神経を擦り減らしつつあった。前言撤回、こんな奴らに受け入れられてる救芽井はもっと泣いていい……。
こうして、最終試験を目前に俺達がバカ騒ぎを始めていた頃――
「鮎子。お前は代表だろう。もっとしっかりしろ」
「……は、はい……」
「――チッ、もういい。お前はもう座っていろ。今までよく頑張った、後はオレに任せておけ」
「えっ――」
――そんなやり取りが、向こうの客席で行われていたことは、俺達には知るよしもなく。
次に彼らの方へ意識を向けた時は、グランドホールに鈍い衝撃音が轟く瞬間であった。
「うおっ……!? な、なんだ!?」
「み、見て! あそこ!」
涙を拭き、僅かに目を腫らした救芽井が、ハッとした顔で指差した先。
――そこには、純白に広がるアリーナに降り立った、赤髪の巨漢の姿があった。
「……」
彼は無言のまま、膝立ちの姿勢から、ゆっくりと直立の体勢に移っていく。重い腰を上げる、という言葉がこれほど似合う光景はなかなか見られないだろう。
熊のように大きく、血管が浮き出ている腕。彼の拳が握られると同時に、その血管の部分は、はちきれんばかりに更に浮き立つ。
夏場に似合わない、黒いダウンジャケットを着ているせいで、全身
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