『忘れられた人々編 』
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咳が……でただけ……だから」
大丈夫だよ……お兄ちゃんと言葉を続けた。
兄と呼ばれた少年の顔はまだ晴れない。どんよりとした曇り空のように童を心配そうな顔で見つめ、背中をさすり続け幼い子供に言い聞かせるように優しく丁寧に言う。
「そ、そう? でも無理しちゃ駄目だよ?」
「うん……わかってる……ヨナは……だいじょうぶだからね?」
「……うん」
だがこの兄妹の上下関係は妹の方が上のようだ。兄はこれ以上何かを言うのは諦め、血で汚れた手のひらと髪の毛先をタオルで拭き取ってあげた。拭き取る際妹は「くすぐったいよ」と言っていたが、ちゃんと拭き取らないと後でかぴかぴになって大変なことになるよ? と、言い聞かせちゃんと綺麗に拭き取った。自慢の透き通るような白い肌が赤黒く変色した姿など兄として見たくないから。
拭き終われは妹は満足したように布団の中へと戻って行く、ベットの中だけが彼女の居場所だからだ。
(やっぱり今日はヨナの傍に居てあげた方が……)
心の葛藤。今日は村の住人から仕事を手伝って欲しいと頼みごとをされてた日。だがこんな状態の妹を一人家に置いて出かけると言うのも……兄は勇気を振り絞って妹に訊いて見ることにした。
「ヨナ……やっぱり僕……」
今日はずっと家にいるよ。そう言いかけた桃色の唇は小枝のように細く小さな指が制した。はんなりと笑う犯人に対して困った兄は表情で固まり首をかしげる。妹は諭すように言った。
「お兄ちゃんが行かなきゃ、みんなが困っちゃうでしょ?」
「それはそうだけど……」
もごもごとまだ何か言いたそうにする兄を妹は許さない。今度は小さな手を使って口を塞いできたのだ。これではもう喋ることが出来ない、兄の完敗だ。降参だよ、両手をあげれば妹は満足そうな笑みを浮かべ手を離しまた布団の中へとしまいこむのを確認すると兄は立ち上がりドアの方へと歩き出し、
「行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「すぐに帰って来るからっ」
もう一度妹の可愛い笑顔を見て、彼女がこくりと小さく頷くのを確認してから部屋を出て静かにドアを閉めた。
二人に両親はいない。妹が生まれて間もなく二人の目の前から姿を消したからだ。兄弟共に両親との思い出は殆ど残っていない。兄が覚えているのは父の大きな手のひらに頭を撫でられた事、妹を産んだ母から妹を受け取り「今日から貴方がお兄ちゃんよ」と言われた事の二つだけ。
何故二人の前から両親が消えたのか誰も知らない。いつ帰って来るのかもわからない。生きているのかさえもわからない。
それでも兄妹は待ち続ける。両親が二人の前に帰って来るその日を夢見て待ち続けるのだ。
この人々から忘れ去られ地図からも消されてしまった村で――。
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