111部分:第十話 映画館の中でその一
[1/2]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
第十話 映画館の中でその一
第十話 映画館の中で
真理もだ。婆やとだった。
二人で話をしてだ。そうして言うのだった。
「婆やは爺やとはお見合いではなく」
「はい、互いにです」
婆やは微笑みを以てだ。真理に話すのだった。
「愛し合いそうしてです」
「結ばれたのですね」
「五十年程前でしょうか」
それだけだ。昔のことだというのだ。
「あの頃の主人は人力車を引いていまして」
「人力車。あの車ですね」
「はい、それを引いていました」
「それで爺やとですか」
「私は大阪で金物屋の娘でした」
婆やは自然とだ。このことも話すのだった。
「ただ」
「ただ?」
「私は店の跡取り娘でして」
「では相手には」
「主人ではなく。別の金物屋の次男さんが来ることになっていました」
こうした事情がだ。あったというのである。
「私はその方と結婚することになっていましたが」
「ではどうして爺やと」
「反対を押し切ってです」
老婆は微笑みのまま真理に話した。
「そうしてそのうえで、です」
「結婚したのですか」
「どうしても。主人と一緒になりたくて」
「では。それでは」
「駆け落ちをしました」
この言葉が出るのだった。婆やのその口からだ。
「神戸まで」
「えっ、神戸までですか」
「主人は言いました」
「爺やがですか」
「はい、あの人が神戸でも人力車は動かすことができると」
これはその通りだった。人力車は大阪だけではなく神戸にもある。それはこの大正時代でも同じだ。神戸の至るところを駆けている。
その人力車にありき日のことを思い出しながらだ。婆やは真理に話すのだった。
「そう言ってくれて」
「そうだったのですか」
「そうして二人でこの神戸に来て」
「それでなのです」
「それでなのですか」
「はい、それでこの神戸に来まして」
それからだというのだ。
「先代の旦那様に御会いして」
「そしてこの屋敷に」
「そういう次第です」
こうだ。老婆は真理に話していくのである。
「お嬢様とも御会いできました」
「婆やにもそうした歴史があったのですね」
「歴史でしょうか」
「そうだと思います」
真理は婆やに微笑んで話していく。
「人それぞれの歴史がありますから」
「私なぞにはそんな」
「そうではないと思います」
「では」
「それが婆やと爺やのです」
「歴史ですか」
「はい、二人の歴史です」
こう話してからだ。さらにだった。
真理はだ。あらためてだ。こんなことも告げた。
「それにしても婆やもそうしたことがあったのですね」
「駆け落ちのことですね」
「驚きました。まさかそこまでするとは」
「それだけ主人を愛していますので
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ