第4章 それは歪な正義の味方
第102話 始まりの朝
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もちろん腹を括ったとは言え、完全に恐怖を捨て去れたわけではない。まだ十七年程度しか生きていないこの人生を、よく知っているわけでもない相手に奪われるなんて、俺はまっぴら御免だ。スープを持った時、その表面がゆらゆらと左右に激しく揺れていたのは、俺の「覚悟」が「恐怖」に突き崩されかけていることへの警鐘だったのだろう。
かといって、ここまで来ておいて試合放棄する選択肢もありえない。逃げ出した先には、もっと死にたくなる未来しか存在していないのだから。
――だったら「人生最期」になるかも知れないメシくらい、時間いっぱい味わってもバチは当たるまい。仮に当たるのだとしても、俺はゆっくり食わせてもらう。死ぬかも知れない今の状況で、バチの有無なんて何の意味も成さないからだ。
そして俺は、時計の分針のように遅く、時間を掛け、目の前に並べられた朝食を摂取していった。口の中に一時的に広がる味わいにさえ、消えてしまわないようにと切に願うほどまでに。
――それからしばらくの時間が過ぎ、七時四十五分の時刻がデジタル表示された頃。
ようやく俺は全ての朝食を摂り終え、最期になるかも知れない味わいが消えたことを感じて……部屋を後にする。
本当に命に関わる戦いになるかも知れない。そう思うと、殺風景さと無機質さに辟易していた個室にさえ、俺は僅かな名残惜しさを覚えかけていた。
それら全ての雑念を振り払うように、ただ走ることしか出来なかった俺は、さぞかし惨めだったことだろう。
そんな俺は、「正義の味方」になるには余りにも歪なのかも知れない。伊葉さんが望むようなヒーローにも、救芽井に望まれているようなヒーローにも成り得ないのかも知れない。
だが、それでも俺は、走り続けるしかなかったのだ。
四郷のために、所長さんのために。そして、救芽井のために「勝つ」と決めた自分の覚悟にだけは、背きたくなかったのだから。
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