第98話 閉ざされた世界、開かれた蓋
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所長さんの部屋だという、一室の入口。この研究所に数多くある個室の中でも、その扉が放つ異質さは別格であった。
特に見た目が他と違うわけでも、入口そのものが変わった場所にあるわけでもない。少なくとも扉だけを見れば、普通の部屋と何も変わらないのだ。
なのに、これほど周囲の部屋と比べての違和感を強く感じてしまうのは、恐らく「ここが所長さんの部屋」だと俺が意識しているから、なのだろう。
初めて会った時に感じた、凍り付くような雰囲気。それを覆い隠すかのような、朗らかな人柄。そして、海へ行く前に僅かに見えた――得体の知れない「疲弊」の影。
普通の人間にはない「何か」を常に内包しているかのようだった彼女が、この先にいる。その事実が、何の変哲もない個室の奥に存在しているという現状が、たまらなく不自然なのだ。
もし、ここが所長さんの部屋と知らなければ、俺は何も気にすることなく、この場を通り過ぎていただろう。だが「知ってしまった」からには、そんなことはもはや不可能。
「この部屋にいる」という事実だけで、その入口ごと異質な雰囲気に巻き込んでしまう彼女に、俺はこれから一対一で対面することになるわけだ。
……ビビってなんか、いられない。さぁ、聞かせてもらおうじゃないか。話ってヤツを、さ。
緊張ゆえか小刻みに震えていた息を、短い深呼吸で整え――
「所長さん、一煉寺だけど」
――意を決し、扉の奥へと声を掛ける。
……だが、返事は来ない。今か今かと待ち続けても、彼女が扉から姿を現す気配は訪れなかった。
「……?」
聞こえていないのか、と勘繰った俺は、それからも何度か、同じ要領で呼び掛け続けた。しかし、どれだけ繰り返しても、重く閉ざされているかのように立ち塞がる扉は、開く気配を見せない。
「いない、のか? だけど、指定された時間と部屋は間違ってないはずなんだよな……」
俺は寝間着のポケットから、バーベキューの後に所長さんから渡されていた、一枚の小さな紙を取り出す。それには、彼女の部屋番号と待ち合わせの時間が書かれていた。
これによれば、場所と時間は間違いないはず。しかし、現状として彼女が現れる様子はない。
――すっぽかし? 居留守? それとも本人が忘れてる?
俺は頭に浮かぶ原因の数々に促されるかのように、一歩前へと進み出る。もし彼女の頭に、約束の時間に会う意思がないのなら、この自動ドアは鍵が掛かっていて開かないはずだ。トイレにでも行ってるだけかも知れないけど。
「……あれ?」
だが、牢獄の入口のように重々しく感じられていた自動ドアは、思いの外あっさりと開かれてしまった。肩透かしもいいとこじゃないか……。
扉の先は部屋の電気が付いておらず、今が夜だということも相まって
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