暁 〜小説投稿サイト〜
バーチスティラントの喫茶店
カフェ・リーシアン

『笑顔になれる喫茶店、心から安らげる素敵な場所。
 それがカフェ・リーシアン、どなたでもお気軽に』



「……どこにでもありそうな謳い文句じゃないですか」
「だからこそだよ、あえての王道を選ぶんだ」
 今日のおすすめメニューをブラックボードに書こうとしていた時、ふいとマスターに呼び止められた。そして笑顔で渡された紙に、こう書いてあったのだ。
「目の下にうっすらクマができているのはこういう理由ですか」
「いやぁ、やっぱり装飾って客引きに大事じゃないかと思ってね。あれこれウィットにとんだキャッチコピーを考えたりマスコットキャラクターを考えてみたりはしたんだが」
「閉店後に聞かせてください」
「もうそんな時間かい!?」
 マスターが慌てて店に入っていくのを少し控えめに鳴ったベルの音で感じ、改めてブラックボードに向き合う。もはや慣れた手つきで描くは、いつの間にかこの店の看板メニューになっていたフレンチトーストとエスプレッソ。そしてモーニングメニューのクロックムッシュに、売れ行きのいいアフォガードを添えた新モーニングセット。飲み物は店内メニューからお好きなものをお選びください、そう書き添えるのも忘れずに。
「よし……っと。今日も綺麗に描けてるんじゃない?」
 最初は自己満足で時々描いているだけだったが、いつの間にか日課になってしまった。ついでとばかりに日替わりおすすめメニューを考える仕事も任されてしまったが、この看板を見て「あれと同じものを」なんて頼み方をする客が増えた今は特に苦には感じない。たまに聞こえてくる看板を賞賛する声は、毎日のモチベーションの元だ。
「ああ、そういえば書き忘れてた」
 そんな日課に付け足された、マスター自信作のキャッチコピー。定番中の定番とも言える文句だが、それが悪い訳でもない。むしろ、音のリズムも雰囲気もいい。それが王道が王道である故でもあるのだが。
 ボード下部のスペースに控えめな文字で書き足し、チョークを再びケースにしまう。時計を見れば、もう開店時間から二分は過ぎていた。
 まあ、いい。どうせマスターはカップの温め作業を終えてはいないだろうし、他の店員が出勤してくるのは忙しい昼時から。それに、休日とはいえ開店早々やってくるのは、
「おはよう、ミーリィ」
「おはよう、ストラト」
 少しぎこちない笑顔で挨拶をしてくれる、彼くらいのものだ。


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ