第三章
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「確かにどっちも人種の坩堝っていうかね」
「色々な人がいるけれど」
「大きいし大国だし」
「けれどやってること変わらないわよね」
「正直なところね」
こう言うのだった。彼等の国は。
そして彼等は今度は彼等が今滞在している日本についても言及した。
「この国だってね」
「そうだよね。日本もね」
「両方に随分介入されてるよね」
「日本ですらそうだから」
両国に匹敵する国力を持つと言われている日本もだった。
「何ていうか本当に」
「この国だってね」
「色々迷惑してるだろうし」
「その辺り結構思ってるんじゃないの?」
「ネットみたら感情的な書き込みが多いし」
日本人にしても彼等の横暴には憤りを感じているというkとがネットからわかるというのだ。ネットでは感情、思っていることがそのまま出ることが多い。
「あの二国はね」
「本当にそっくり」
「アメリカは白人多いけれどね」
人口の割合ではそうだ。
「それで中国は黄色人だけれどね」
「どっちもどっちよね」
「本当に双子の国なんじゃないの?」
こうした言葉も出た。二十世紀初頭にパール=バックの著作等で中国に憧憬を抱いたアメリカ人の言葉だが違う意味でそうではないかというのだ。
「肌の色が違うけれど」
「外見だけはね」
肌の色、目の色、髪の色が違っていてもだった。
「行動パターン一緒よね」
「言うことまでね」
アメリカも中国もだというのだ。
「うちの国両方に主語が違うだけで同じこと言われたよ」
「あっ、私の国もよ」
「僕の国もだよ」
「私の国だって」
ここでも両国は見事なまでに一緒だった。
「アメリカって昔白人至上主義だったけれどね」
「ああ、クー=クラックス=クランね」
その白人至上主義を掲げている団体だ。十九世紀後半に出来二十世紀前半にかなりの勢力を誇った。白づくめの服とフードで顔を隠していることで有名だ。
「ああいうのもあったね」
「流石に今は相当力を弱めてるけれど」
「二十世紀前半までアメリカの白人至上主義って強かったね」
「ラグクラクトもそうだったし」
クトゥルフ神話で知られているSF作家だ。この作家はアフリカ系に対する人種的偏見を自作の中で度々書いてきている。これもアメリカの白人至上主義の表れであろう。当時の。
「そういうのもあったけれど」
「所詮人種なんてね」
こうしたことが言える時代になっている。今は。
「ただ外見の違いなんだね」
「アメリカのやってることってアジア的な部分多いし」
白人が多い筈にだというのだ。
「その中国だって中国人が至上って言ってたね」
「ああ、朱子学とかね」
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