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チェロとお味噌汁と剣のための三重奏曲
6. あなたの声が聞きたくて(前)
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を打ち負かしたロドニーさんへの恨み節を心の中で吐いていたら……

「……ん」
「どうしました?」
「いや……今、妙にイラッとした」
「誰かがロドニーさんのことをちっちゃいって思ってるのです」
「張り倒すぞ電」
「こわいのですー」

 てな具合の会話が、ちょっとだけ離れたロドニーさんたちのグループから聞こえてきた。あの人、人の感情の機微に過敏なのか鈍感なのか、さっぱりわからない……。ロドニーさんを振り返る。試合中はあんなに大きく見えた彼女の身体は、今はいつものように小さく見えた。

「楽器をやってらっしゃると聞きましたけど……」
「はい。チェロをやってます。おっきなバイオリンみたいなやつです」
「チェロをやってらっしゃるんですか……聞いてみたいですね。智久さんのチェロ」
「……へ?」

 しばらくの間、時間が止まった。膝の上の天龍二世さんと妖精さんも動きを止め、周囲の喧騒も聞こえなくなり、僕の意識はその瞬間、鳳翔さんを中心に、時の流れを感じなくなった。

 ただ、心地いい風が吹いていた。僕と鳳翔さんの間に、そよそよと優しく、冷たくて心地いい風が吹き、鳳翔さんの前髪とポニーテールを、静かにゆらしていた。

 僕の意識の中心にいる鳳翔さんは、ほっぺたを紅潮させ、僕をまっすぐ見つめて、ふんわりと微笑みながら、こう言った。

「きっと智久さんのように、優しくて……柔らかい、あたたかい音色なんでしょうね」
「……」
「そんな素敵な智久さんのチェロ、私も聞いてみたいです」

 その声には、少しだけ、熱を感じた。

………………
…………
……

 僕のチェロを聞いてみたい……鳳翔さんに、そんなことを言われてしまった……! しかもしかも……『きっと優しくてあたたかい音色なんでしょうね』なんてまで言われたッハァー!!

 一度思い出すと、もう練習にならない。弓を握ったままチェロにしがみつき、『やーん……鳳翔さん……デュフフフフ』と気色悪い笑みをこぼしながら、僕はもじもじと身体をよじる。きっと第三者の目から見たら、キモいことこの上ない。そのキモさは、友達になってくれた天龍二世さん以上だろう。だけどまったく気にしない。

 そうやって僕がチェロを抱きしめてもじもじとしていると、いつもは僕の練習中には決して開くことのないドアのノブが、ガチャリと音を立てて開いた。

「失礼する」

 ドアの向こう側にいたのは、大会で僕に快勝したロドニーさん。今日はこの前のような黒のスーツではなくて、いつもの薄水色の清掃服に身を包んでいる。左手には長柄のモップを持ち、右手で清掃道具が乗ったワゴンを押して、いつもより幾分柔らかい表情で、練習室にズケズケと入ってきた。背の高さも、いつものちっこいロドニーさんに戻ってる。


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