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夕刻の横顔
第六章

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「そうだったんですよ」
「成程。ではですね」
「描きます」
 言いながらだ。早速だった。
 雨の中しまっていた席を出してそこに座りキャンバスもいつもの様にしてだ。それからだ。
 彼は絵を描きだした。デッサンから絵の具を使う。彼はがむしゃらに描きはじめた。
 とにかく何枚も描いた。時間もかけて。
 彼は夕暮れの、雨の後で帰路につくその少女達の晴れやかな横顔を描いていった。そうしてベトナム、ホーチミンでの時を過ごしたのだった。
 そのうえでガイドに別れを告げて日本に戻った。その絵達を手にして。
 絵は早速浜崎が経営している画廊に全て飾られた。その絵達を見て浜崎は言った。
「お見事です。ただ奇麗なだけの絵ではないですね」
「少女達がですね」
「はい、全てが合わさっています」
 そうなっているというのだ。どの絵も。
「街も空も道も」
「いいですね」
「雨の後の夕刻ですか」
「その時のアオザイのベトナムの女の子達の」
「横顔ですね」
「それでした」
 彼が求めていた少女の芸術、それはだというのだ。
「ただ。横顔だけではなく」
「そしてアオザイだけでもなく」
「全てが合わさってこそです」
「こうした絵達になりましたか」
「芸術にです。なりました」
 満足している顔でだ。谷崎は浜崎に話せた。
「私もほっとしています。描けて」
「よかったですね。それにですが」
「それにとは?」
「先生はこの少女達を芸術と思われたのですね」
「はい、街も天候も時間も」
 そうしたもの全てをだ。芸術と感じ取ったというのだ。そうして描いた絵達だというのだ。
「そう思いまして描きました」
「そうですね。ではです」
 浜崎は彼の言葉を聞いてまた確かな顔になった。
「後は私の仕事になりますね」
「この絵達を売って頂けますか」
「お任せ下さい。芸術を売るということは素晴しいことです」
 素晴しい仕事だというのだ。
「それをできることはこのうえない幸せです」
「浜崎さんはいつもそう仰っていますね」
「はい。では後はお任せ下さい」
「それでは」
 谷崎も彼女のその言葉に笑顔で応える。こうして雨上がりの夕刻のアオザイの少女達の絵は多くの人の目に触れた。そうしてその美を見せたのだった。
 谷崎の名前はアオザイの少女達と共に知られる様になった。前以上に。だが同性愛者である彼がこうした絵を描いたことは奇妙にも思われた。彼の嗜好と芸術はまた別だということはだ。多くの者が一つにならなかったのだ。それはどうしてもだった。


夕刻の横顔   完


                         2012・5・4
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