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夕刻の横顔
第四章
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 彼は早速ラフ画を描いていく。何枚も何枚もだ。しかしだ。
 この日はそれで終わりだった。そしてこうガイドに言った。
「ではです」
「それでは?」
「今日はこれで終わります」
 こう答えたのだった。絵をなおしながらだ。
「また明日です」
「明日ですか」
「絵は完成するまでに時間がかかりますので」
 彼はどちらかというとそうしたタイプだった。速筆ではない。
 芸術に時間をかけるのだ。それは今回もだった。
 この日はラフ画で終わり後は夜の街で飲んだ。そこの屋台でベトナム名物の生春巻きをそのベトナムのビールで楽しみながらだ。彼はここでも同席しているガイドに言った。
「ベトナムという国はよく知らないですが」
「どうでしょうか」
「面白い国ですね。戦争はもう遥か彼方ですね」
「僕戦争は知りませんよ」
 ガイドは笑ってこう返してきた。ビールを片手に。
 周りには虫がぶんぶんと飛び灯りに集まっている。そしてその灯りに照らされているのは二人だけではなく他の客達もだった。彼等もそれぞれの席で飲み食いしていた。
 その灯りに照らされる中でだ。ガイドは言った。
「ソ連が潰れるちょっと前に生まれました」
「そうなのですか」
「はい、ですからアメリカや中国との戦争はです」
 そのだ。どちらもだというのだ。
「知らないです」
「ではフランスとの戦争も」
「知りません。知っているのはガイドの仕事とこの街のことですね」
「ホーチミンのことですか」
「面白い街ですよ。知れば知る程」
 さりげなくだ。彼は谷崎にホーチミンの宣伝をしてきた。
「今回の旅も。お仕事の合間に」
「こうしてですね」
「楽しんで下さいね」
 こう言ってだ。ガイドは谷崎のカップにビールを注いできた。谷崎もそれを受けて飲む。この夜彼は生春巻きとビールは楽しめた。しかし好みの男が見つからなかったのは残念に思った。
 そのことは心の片隅に置きそのうえでだ。次の日もだ。
 彼は描き続けた。だがこの日は雨でだ。
 傘をさしながら描くことになった。だがそれでもだった。
 彼は描き続けた。しかしあまりにも雨が強くなった。それを見てだ。
 ガイドはだ。自分だけでなく谷崎にも傘をさしながらだ。こう言ったのだった。
「あの。雨が強くなってきましたので」
「今日はこれで、ですか」
「そうされるべきではないでしょうか」
「いえ、もう少しです」
 だが、だった。谷崎はこう言うのだった。
「もう少し描かせて下さい」
「そうされますか」
「何かあるかも知れません」
 何となく予感があってだ。彼はガイドに言ったのである。 
 時間は昼過ぎだ。この雨はスコールだった。

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