辺境異聞 10
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岩と岩の間のわずかな亀裂に指を食い込ませる。
全身を引き上げ、次の足場に足を置く。
切り立った崖が遥か上に続き、見上げれば手前に反り返っているかのような錯覚におちいるほどだ。
峻烈な岩山の頂を目指して秋芳が壁虎功を駆使して崖を登っていた。
道具はなにひとつ使っていない。肉体の持つ力と技のみで登攀している。
壁虎功とは、そのような技だ。
この技の要訣は四肢の筋力ではなく、眼力だ。
指をかける凹凸部分に自分の重みを支えられるか、それを一瞬で見極める力が大事なのだ。
壁面を文字通り壁虎(ヤモリ)のように素早く駆け上がる。
瘤のように突き出た大岩の上に登りきり、一息ついた。
「まるで『X‐ミッション』だな」
CGなしで危険なアクションを繰り広げるエクストリーム映画の題名をつぶやいて崖を見下ろすと、下から見上げたときよりも遥かに高く感じた。眼下には緑豊かな山々が連なり、渓谷や山上湖がその間隙を埋めている。
【レビテート・フライ】を使えばもっと楽に山頂へ登ることができるだろう。だが、これからすることを思うとそのような気持ちにはならなかった。
平安時代。寺社に参拝する貴族が騎馬や牛車ではなく徒歩を選んだように、身ひとつでおもむきたいのだ。
「竜を退治しろ、だと」
「そうだ。おまえが行って退治してこい」
「…………」
「考えてみれば私のこの格好で山登りはしんどいしな、その点おまえは野遊びは得意そうだ」
「…………」
「どうした?」
怖いのか。とは訊かない。
目の前の男がドラゴンよりも弱いとも臆しているとも思ってはいない。
「いやな、あの姿を見た後ではどうもな」
竜は魔獣にして神獣。
その姿は雄々しく猛々しく、優美で、禍々しくも神々しい。
神聖にして邪悪な存在。
「東洋の竜ではないが、西洋の竜もやはり侵しがたい気品のようなものがある。あれを狩るのは、正直気が引ける」
秋芳がもといた世界にも竜は実在した。有名な土御門の竜『北斗』を見たことがあるし、それよりかは格が下がる悪竜の類を修祓したこともある。
竜とはいえ、動的霊災の一種にすぎない。
すぎないのだが――。
「竜は古神だという説がある。エリサレス教の神よりももっと古い時代からこの世に君臨した存在だと。だが、だからなんだ。それがどうした。現実問題として人間に仇なす存在を放ってはおけまい。ドルイドたちだって里に下りてきた熊や狼は駆逐するぞ」
「…………」
「この世はしょせん弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。それが自然の摂理だ。神だけが特別じゃない、人だけが特別じゃない。人も神もおなじ自然という円環のなかの存在にすぎない。人も神も、同等なんだ。なんで私らが連中に遠慮する
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