辺境異聞 9
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行商人たちはおたがいに商売をはじめ、噂を聞いた近隣の村々からも人々が集まっていて、予期せぬ市が開かれたというわけだ。
河川敷の様子を見たところ、これ以上増水する気配はなく、あと数日もすれば落ち着くだろう。
「いそぐ帰路でもでもないし、俺たちもこの即席の市を楽しむか。なにか変わった酒や食べ物でもないかな」
「辺境の商人のあつかう物に私やあんたの舌を満足させる酒があるとは思えないけどねぇ」
整備された街道とつながり、近くに港町があるフェジテには世界中から食材があつまってくる。特に近年では蒸気機関の発達で、庶民の元にも食料品がより速く、より遠くからあつまってくるのだ。
国産のハムやチーズはもちろん、北海の鮭、南海のロブスター、南国の野菜や果物、西方の香辛料、東方の茶――。
これらの食材に都会の洗練された調理がくわわり、人々の舌と胃袋を満足させる。
「なに、このさいハギスやバンガースみたいなゲテモノでもかまわないさ」
スコットランド人やイギリス人が聞いたら怒るようなことを言って、あたりを物色してみる。
たしかにナーブレス家があつかっているような品のある葡萄酒などないが、自家製のエールや蜂蜜酒は野趣のあるこくや酸味があり、悪くはなかった。
「…………」
露天にならぶガラス細工を眺めるセリカの口元におだやかな笑みが浮かぶ。
「――その美貌は生きた人間というよりも、氷で作られた女神像を思わせる美しさ。肌の白さは白磁の花瓶、唇の紅さは女王陛下の宝冠に飾られたルビー。瞳はさながら氷に封じ込められたサファイアだった」
「口説き文句だとしたら一〇点だな」
「一〇点満点中で?」
「一〇〇点満点中の一〇点だ、ヘボ吟遊詩人」
「アルフォネア教授の採点は厳しいな」
秋芳が手にした筒をかたむけて中身を胃の中に収めてゆく。持ち運びに耐えられるように蒸留酒とハーブを添加して度数を高めた葡萄酒で、船乗りや行商人などが愛飲している旅人の酒だ。
「美しさを喩えるのに生命のないものばかりを使用しているのが気に入らない。私が不老不死の化け物だって言いたいのかい」
「この世ならぬ美しさだからさ」
「私とキョウコちゃん、どっちが綺麗?」
「京子が太陽なら君は月だ」
「私が太陽がないと輝けない月だって言うのかい」
「そういえばルヴァフォース世界てのは天動なのか地動なのか。丸いのか平らなのか。それによってお日様やお月様の設定が変わってくるぞ」
「酔ってるね」
「酔ってるさ」
さらにひとくち、筒の中身をあおる。
「なにか気になる物でもあったのか?」
「グレンがさ、最初の小遣いで買ってくれたのが、あんな感じの指輪なんだよ」
「ほう」
「私の渡した小遣い、全部使ってさ、一番高くて綺麗なやつをあげ
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