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ワイン漬け
第三章
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「一つ気になることを医師から言われたのですが」
「といいますと」
「はい、主人のことですが」
 そのルクランのことだというのだ。
「おかしなことを言われました」
「おかしなことですか」
「はい」
「といいますと」
「主人が亡くなった時に身体を調べて言われたのです」
「どの様に」
「血が変わっていたとのことです」
 夫人はクレスパンに真剣な顔で話した。
「身体の血が、そして涙も」
「その二つが」
「どちらもワインになっていたそうです」
「ワインですか」
「血は赤ワイン、涙は白ワインに」
「それはまた」
 面妖いや奇怪だとだ、クレスパンは夫人に応えた。表情も思わず驚愕のものになってしまっている。
「有り得ないことが」
「そうですね、実は唾液もでして」
「唾液もですか」
「普通の唾液ではなく」
「ワインになっていたのですか」
「そうだったとか」
「では身体の液がですね」
 血液なり涙なりそうした体液の類がだとだ、クレスパンは夫人に応えて話した。
「その全てがワインになっていたのですね」
「そうです」
「それは実に奇怪な、いや」
 ここでクレスパンはふと思った、そしてその思ったことを夫人に話した。
「これはご主人のことを考えますと」
「主人のですか」
「有り得たことです」
「といいますと」
「ご主人、我が友はワインをこよなく愛していましたね」
「はい」
 妻として常に傍にいてこのことはよく知っている、それで夫人はクレスパンのその言葉にすぐに頷いて答えた。
「この世の何よりも」
「そうでしたね」
「私はその次と言われていました」
 愛する妻よりもだったのだ、彼のワインへの想いは・
「そこまででした」
「そして常にワインを飲んでいました」
「水さえ飲まずに」
「そこまでワインを愛していたので」
「身体が変わっていたのですか」
「そうです、生前は常にワインを飲んでいてその香りに気付きませんでしたが
 何時しかというのだ。
「ご主人のお身体は変わっていたのです」
「血が赤ワインに、涙や唾液が白ワインに」
「そうなっていたのです」
「そうでしたか」
「そして亡くなられた時に医師殿は香りで気付いたのでしょう」
「目を覆う涙や口の中の唾液のことが」
「ワインの香りがしたので」
 それでというのだ。
「お気付きになられたのでしょう、血も抜かれて」
「どういうことかと」
「血を抜くのも医学ですし」
 古来の欧州の医学では治療としてよく血を抜いていた、医師もその名残で臨終を確かめる時に血を抜いたのではというのだ。
「ですから」
「それでわかったのですか」
「そうかと、しかしワインを愛するあまり血や涙がワインになるなぞ」
 生前に彼が言った通りにというのだ。

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