出会いの夜
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「それで、私になにを聞きたいのだね。定命の者よ」
漆黒のマントに身をつつみ、夜会服を着た、いかにも貴人然としたその人物は言った。
すらりと背の高い色白の瀟洒な紳士。だがどこか、妙な野性味が、独特の獣性を身に帯びている。
「生と死の秘密を」
相手の答えを聞いて黒マントの貴人は青い唇の左右をゆっくりと持ち上げた。長すぎる犬歯がちらりとのぞくと、いっそう野性味が増した。
まるで、狼だ。
「どうして私がそれを知っていると思う? 永劫の命を得たからとて、いいや、それゆえにこそ死の秘密は私より遠い」
地下墓所から吹き上げた風にあたれば、このような寒気を感じるのだろうか。黒マントの貴人から定命の者と呼ばれた男は思わず身震いすると、腰の皮袋に手をのばし、その中身を胃にそそぎ込む。
ようやく人ごこちがついたところで無作法に気がつき、相手にも酒を勧めた。
「飲まないのだよ……、葡萄酒は。私はけっしてワインは飲まない。飲むものは、べつにある」
そう言うと目の前に置かれたタンカードに、かたわらのビンからお気に入りの飲み物をそそいだ。
青い唇に、真っ赤な液体がなみなみと湛えられたタンカードが触れる。
高貴な人々は銀の食器を好む。
銀には殺菌作用があるのにくわえて、青酸カリやヒ素などの毒物に反応し黒く変色する。毒殺を恐れる王侯や貴族たちに重宝された。
だが、このタンカードは銀製ではない。銀食器をそろえられるだけの財力があるにもかかわらず、この貴人は銀食器を使っていない。
タンカードの液体は、まるでそれ自体に意志があるかのように、彼の唇を赤く染め、喉を滑り落ちていった。
「それでも君の知らないことの多くを私は知っているだろう。それを知りたければ私を楽しませることだ、死霊術師どの」
この日、ヨーグ伯爵の屋敷に新しい使用人がひとり増えた。
窮屈で不自由な階級制社会にも利点はある。
たとえば場違いな場所に場違いな者が出入りすることがない。というような。
貴族たちは大衆酒場に顔を出さないし、庶民は高級店になど足を運ばない。
夜――というにはまだいささか早い、夕闇の街にくり出したセリカ=アルフォネアがむかったのは、ちょうどその中間点にあたるような店だった。
ていねいに磨かれたオーク材で作られた内装や。趣味の良い器や酒瓶が整然とならぶ棚。キャンドルの炎がゆらめき、明かるくまなく暗くもない、独特の雰囲気を演出している。
それなりの懐具合で、節度と礼節をわきまえていれば、だれでも利用可能な趣味の良い大人の社交場。
路地のつきあたる少し手前、右手側にある扉を開けたとたんに歓声があがる。
彼女に、ではない。
腰までのびた流麗な金髪。漆黒の
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