出会いの夜
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樽体形にされた者はまだましなほうで、下半身を馬や蛇にされたり、全身に鱗を生やされたり、頭髪をイソギンチャクの触手にされたり、謎の発光器官をそなえた名状しがたい存在にされた者までいた。
すべてセリカの変身魔術によるものである。
秋芳の予想をはずすために入ってくる客の姿を戯れに変えたのを皮切りに、なにに変身させるか当ててみろという話になり、こうなった。
事情を知らない者が入ってきたり、うっかり外に出ようものなら大騒ぎになることだろう。
一応短時間で、ほうっておいても日が上る頃には自然に解除するよう手をくわえてあるが、いかんせん酔っぱらいの仕事である。
「少女の純真さと大人の女性の色香が微妙に混じり合って、天上の人とも見まごうばかり。まさに女性美の化身。優雅で愛らしいエロティシズムを体現している。きみがもつそんなエロティシズムに我を忘れて耽りたい……」
「そうなれば、おまえはもっと恋に落ちるぞ」
「それは地獄だな、すでに恋の地獄、略して恋獄におちいっているんだ。俺を破滅させたいのか?」
「うん、おまえを破滅させたい」
「いいね。それは俺が望んでいることでもある」
「愛が答えさ。でも答えが出るまでに、セックスという手段でとても愉しい質問ができる」
異形の群れにかこまれたなか、秋芳とセリカが杯と言葉を交わしているが、こちらも頭の中はぐちゃぐちゃの酔客で、もはやおたがいになにを言っているのか理解していなかった。
「峨眉山の霧、洞庭湖の月、廬山の朝日、長安の牡丹、銭塘江の波……。俺のいた世界にはいたるところに絶景がある」
「セルフォード大陸にも絶景はあるぞ。四方を美しい森林と湖にかこまれたリリタニアという場所がな。神秘的な霧のヴェールにつつまれた水と緑の楽園で――」
「黄河の鯉、松花江の鮭、松江の鱸、太湖の白魚……、中国四大名魚だ。とにかく死ぬまでに食してみたいものだ」
「セルフォード大陸にも美味いものはあるぞ。リリタニア地方の湖で捕れる鯉は絶品で、かつて皇帝が特に好んで食べたことから皇帝魚『鰉』と呼ばれるように――」
「リリタニア推すね〜、そんなに良いのかよ」
「良いとも」
「行きたいな」
「行きたいか」
「行きたいとも」
「行くか」
「行こう」
そういう話になった。
そして、ふたりの酔っぱらいが次に気づいた時、リリタニアどころかまったく、ぜんぜん、これっぽっちもちがう、見知らぬ場所にいたのだった――。
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