飛頭蛮
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。表向き『不幸な事故』として誰も恨むことは出来ないことは理性では分かっていても、感情では理解出来ないでいたに違いない。草間に異変が起こった直後、今泉は草間の実家に電話をかけた。つまり草間の母親にとって、今泉は草間の死をもたらした『死神』なのだ。
この男が、息子の寒中水泳参加を止めていれば。
そんな理不尽過ぎて決して周りには云えない恨みは、誰にも云えないままその心を蝕んでいることだろう。
「…うん。俺知ってた」
今泉は静かに項垂れた。はちきれんばかりの恨みの周波数は焼香中の今泉に、容赦なく襲い掛かった。今泉は恐ろしくて、母親の方を見られなかったのだという。
「それでお前は草間の母親の顔を知らなかったんだねぇ。知っていれば、少し違った容姿になったかもしれないな」
窓に映る草間の母親を、もう一度見る。歪んでしまった恨みは無意識に生霊を飛ばす程、この人を蝕んでしまった。どうすればいい、と奉に訊く前から、どうしようもないのだろうなと分かっていた。周りからどう説得されても、彼女は表向き納得している振りをして、今泉を恨み続ける。
「窓の外…ってのも、今泉の中に何か思い込みがあるんだろう。お化けは窓の外に出るもの…ってねぇ」
そう云って奉は、窓枠に手を掛け…なんとガチャリと外した。
「えっ!?」
「あれ、窓!?」
窓枠はいとも簡単に外れ、その向こうは何の変哲もない岩壁になっていた。
「え、で、でも今泉はともかく、俺だって窓の外に居たように視えて…あれ!?」
「それは俺が少し、悪戯をした。彼女がこの空間に入り込むには、ここしかなかったんだよねぇ」
くっくっく…と小さく笑い、奉が外れた窓の表面に手を当てると、彼女の生首は掻き消えた。
「この部屋には元々、強い結界が張られている。だが今日、この場所だけそれを緩めておいた」
だから場所など関係なく、彼女が強く恨む度にお前の傍らに現れていたんだよ…そう云って奉は窓枠を本棚の隙間に押し込んだ。…こいつ、この悪戯のためだけに、ホームセンターあたりで窓枠買ってきたのだろうか。
「理性でお前に非がないことが分かっている以上、危害を加えてくることはないよ。…厭ならお前の部屋に結界を張ってやることは出来るが、拒まれた生霊がどんな行動に出るかはちょっと分からんねぇ。どうする?」
今泉は少し考えるような顔をして、やがて首を振った。
「…本当によかったのか」
すっかり暗くなった石の階段を一段ずつ踏みしめ、俺と今泉は帰途についていた。街灯も存在しない急な参道は、懐中電灯でもなければ命取りだ。俺は慎重に今泉の足元を照らす。
「よく分からないけどさ、草間の母ちゃんには、恨む必要があるんだろ?こういうの、そのうち時間が解決するし、俺は自分の事を嫌いな人には関心がないから平気だよ」
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