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東京レイヴンズ 今昔夜話
夜虎、翔ける! 4
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文化祭、校内で水飴が売られていた。
 平坂が下履きで校舎の外に出ていたわずかの時間に、それをやられた。仕掛けた側にしてみれば上履きに水飴を入れるというのは気の利いたいたずらでしかなかったのだろうが、上履きの内側にこびりついてなかなか取れない水飴を洗い落とす作業が、どれほどみじめで悔しいか、想像もつかないのだ。
 頭が悪いから、想像力がないから。

 そんなことが、幾度もあった。
 いじめる側といじめられる側の心理には、決定的な断絶が存在する。
 いじめる側はおそらく、それがたいしたことだとは認識していない。階段で背中を突くのも上履きに水飴を入れるのも、ちょっとしたいたずらで、たいしたことだとは思っていない。そんなことをやったことなんか、とっくに忘れている。
 だから実際はいじめていたのに「いじめてなんかいなかった」と認識している輩が多い。罪を認識していないやつに罪の意識が生まれるはずもない。
 だが、やられる側にとって、それは死を覚悟しなければならないほど重大なことなのだ。
 だから死ぬまで忘れない。死ぬまでゆるさない。

「いじめられてるのに、どうして学校や親に訴えないのか」

 いじめられた体験のない人は、そう疑問に思うかもしれない。
 だがいじめられっ子は、どこかの時点で絶望してしまうのだ。大人に訴えてもどうにもならない、と。
 上履きに水飴をいれられた時は、さすがに教師にそのことを知らせ、こうした嫌がらせを頻繁に受けていると説明した。上履きという決定的な証拠があるのだから、訴えを聞いてくれるはずと思ったのだ。
 しかし、教師はなにひとつリアクションを起こさなかった。
 校舎の裏で複数の女子に小突き回された時のこと、その場を通りがかった教師がいた。
 その現場を目撃した教師は「なにをしているんだ!」と、問い詰めてくるにちがいない。そうなったら、これまでのことを洗いざらい教師にぶちまけよう。そう決心したがしかし、彼が平坂らを見て発した言葉は予想していたものではなかった。

「いつまでふざけてるんだ、さっさと教室に行け。授業がはじまるぞ」

 たったそれだけ。教師はそれ以上はまったく、なんの追及もしなかった。
 平坂は拍子抜けし、そして絶望した。
 自分が一方的に殴られている光景は教師にはふざけている。としか見えなかったのだ。
 それからじょじょにいじめ行為を教師や周囲に訴えようとは思わなくなった。きっと他の教師もおなじだろうと思ったからだ。目の前で決定的な現場を目撃していながら、それを認識できない人間に言葉で「いじめられています」と訴えても、聞き入れてくれるはずがない――。そんなふうに考えるようになった。
 相談したって、どうせ聞く耳なんか持たないんでしょ。
 真剣に考えてなんかくれないんでしょ。と―
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