桜の音色に包まれて
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れていないこと。今日の梨子ちゃんは休みを貰って、客としてここに来ているのだから、当然といえば当然だ。
そしていつもと一番違うのが、梨子ちゃんの服装だった。バーでピアノを演奏するときの梨子ちゃんは、きまってドレスを身にまとっている。だけど、今日の梨子ちゃんは私服姿。
思えば、再会してから目にする梨子ちゃんは、いつもドレス姿だった。だから今日目にしている私服姿は、新鮮さを感じながらも、高校時代に遊んだときのような懐かしさを覚えてしまう。
「お客さんとして曜ちゃんとここに来るなんて、思ってもみなかったなぁ。なんだか不思議な気分」
「私も、自分から誘っておいてなんだけど、すごく不思議」
今この時間がとても愛おしい。
今日は本屋で梨子ちゃんと偶然会って、そのあとカフェで漫画を読んで。そして今、梨子ちゃんの働くピアノバーに客として来ている。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。本当に高校時代に戻ったような感覚。今過ごしている時間は間違いなく、輝いていることだろう。
「ねえ、曜ちゃん」
梨子ちゃんを見ると、なにやら思いつめたような表情で床に視線を落としていた。なにか言いたいことでもあるのだろうか。
すると梨子ちゃんは、勢いよく顔をあげた。私たちの視線が重なる。
「曜ちゃんって今……す、好きなひとって、いるの?」
――梨子ちゃんだよ。
とは正直に言えなかった。
過去と向き合うとは決めたけれど、その想いを告白するまでの勇気を、私はまだ持ち合わせていなかった。
言葉に詰まる。梨子ちゃんが私の返事を待っているのが分かるだけに、できるだけ早く答えてあげたい。
必要なのは、勇気だけ。ほんの少しの勇気さえあれば、梨子ちゃんに伝えられるのに……。
ふと、梨子ちゃんに再会するまでの時間を思い出した。
高校時代、梨子ちゃんに想いを告げずに捨て去った私。梨子ちゃんのことを忘れるように、無我夢中で高飛び込みに取り組んで、気がつけば日本代表にまでなっていた。
完全に忘れたと思っていた。
だけど偶然訪れたピアノバーで梨子ちゃんの姿を見て、梨子ちゃんのピアノを聴いた途端、私の初恋はいとも簡単によみがえってきたのだった。
その偶然さえなければ、私は捨てたと思い込んでいた初恋に気づくことすらできなかっただろう。気づけたこと、再び出会えたこと自体が、奇跡のような出来事なのだ。
だから、ここは勇気を出そう。
巡り会えた奇跡に、背中を押してもらおう。
「いるよ、好きなひと」
言った、言ってしまった。
心臓がバクバクする。身体が熱くなっているのは、恋に熱せられたせいだろう。
「そう、なんだ…
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