桜の音色に包まれて
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われるように、高校生の頃、梨子ちゃんが転校してきて私とであった季節は、春だった。
そして十年後、このピアノバーで再び出会った季節もまた、春である。
季節はやがて過ぎ去っていき、そしてまた巡り巡ってやってくる。梨子ちゃんの演奏が終わり、バーの客たちから拍手が響き渡った。
立ち上がって一礼する梨子ちゃんに、私は拍手をしながら視線を送っていた。
すると、梨子ちゃんとバッチリ目が合う。それがなんだか気恥ずかしくて、私は静かに目を逸らしてしまった。
「今日もきてくれたんだね、曜ちゃん」
ピアノの演奏が終わって、梨子ちゃんは昨日と同じように私のところまでやってきて、バーカウンターの私の隣に腰を下ろしている。
「仕事終わりで、暇だったから」
思わずそんな嘘をついてしまう。本当は梨子ちゃんに会いに来たのだけれど、本当のことを言う勇気が私にはまだ足りなかった。
高校生の頃となにひとつ変わらない。私に勇気がなかったから、私は梨子ちゃんに告白することができなかったのだから。
「……そうなんだ。てっきり私に会いに来てくれているのだと思ったけど」
「そんな……」
図星を突かれて、言葉を上手く発することができなかった。そんな自分がいたたまれなくて、私は視線を落としてしまう。
高校生の頃からなにも変わっていない自分。捨て去ったと思っていたはずの初恋が再燃し、私はまた捨て去ろうとしている。
「ピアノを弾いているときね。曜ちゃんの視線、ずっと感じるんだもん」
「……そうだよ」
このままじゃいけないと思った。情けない自分を変えないといけない。捨てるのは二度目の初恋ではなく、羞恥心にしよう。
「梨子ちゃんに会いに来たんだ」
過去の自分と向き合い、今それを清算しようとしている。梨子ちゃんへの恋心を実らせたいとかじゃない。
私はただ、どこまでも自分勝手な思いで、梨子ちゃんに向き合う。
***
それは、よく晴れた休日の昼下がりの出来事だった。
「あれ、曜ちゃん?」
お気に入りの漫画を買うために本屋に立ち寄ったところ、うしろから声をかけられた。聞き間違えるはずがない、私が恋したひとの声。
「梨子ちゃん……」
振り向くと案の定、そこには梨子ちゃんが嬉しそうに笑いながら立っていた。なぜそんな笑顔を浮かべてるのか私にはよく分からないけど、梨子ちゃんの笑顔が見れたので深くは追求しない。
「こんなところで会うなんて偶然だね。曜ちゃんは、なにか買い物?」
「うん。ちょっと漫画を買いに」
「そうなんだ。私もね、漫画を買いにきたの。今日は仕事お休み貰ったから。一緒だね」
「そうだね」
まさか梨子ちゃんも漫画を買いに来たとは驚きだ。
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