桜の音色に包まれて
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「テレビで曜ちゃんの活躍とか見るとね。なんだか曜ちゃんが遠い存在になったような気がしたの。だから昨日曜ちゃんに会って、お話すると昔と全然変わらなくて。やっぱり曜ちゃんは曜ちゃんのままなんだなって」
「なにそれ、なんか今日の梨子ちゃんヘンだよ」
「ふふっ、お酒飲んでるからかも」
「なんでもすぐお酒のせいにする、梨子ちゃんはダメな大人だ」
他愛のないやりとり。そんな何でもない普通の時間が愛おしくて、まるで高校生の頃に戻ったような気分だ。
でも私たちはもう大人になっていて。同じ時間を共有していた私たちは、それぞれ別の道を歩んでいる。今は離れ離れになった道が、偶然にも合流しただけ。
梨子ちゃんと私を繋いでいるのは、このピアノバーという場所だけなのだから。
今日の梨子ちゃんは淡い桃色のドレスを身に纏っている。ドレス姿がこのピアノバーでの正装なんだろうか、昨日も梨子ちゃんはワインレッドのドレスを着ていた。
大人になってからの梨子ちゃんを、私は何も知らなかった。ピアノバーでピアノを弾いている事も、こんな綺麗なドレスに身を包んでいることも。
他にもたくさん、私の知らない梨子ちゃんがいるのだろう。そう思うと、梨子ちゃんの全てを知りたくなってしまう。
「……そうだね。曜ちゃんに比べたら、私なんて……」
「いやいやゴメン! そういうつもりで言ったんじゃないから!」
落ち込んだように言う梨子ちゃん。私は慌てて取り繕った。すると梨子ちゃんはふふっと笑みを零した。
「……ふふっ、冗談だよ。曜ちゃんは変わってないね。昔も今も、ずっと優しい」
――優しくなんてないよ。
口から出かかった言葉を直前で飲み込む。
私は梨子ちゃんの言うように優しいなんてことはない。むしろ自分勝手で傲慢な人間だと思う。
高校生の頃、梨子ちゃんに恋をして、その恋を勝手に捨て去って。と思えば昨日梨子ちゃんと再会して、またあのときの恋が再燃してきて。
どこまでも自分勝手な感情で、私自身も振り回されているのだから。
結局私は、梨子ちゃんのその言葉に返事をすることができなかった。
その次の日も、私は梨子ちゃんの働くピアノバーを訪れた。
今はバーカウンターに腰を下ろしながら、梨子ちゃんの奏でるピアノの音色を、目を閉じてじっくりと堪能している。
目を閉じて梨子ちゃんのピアノを聞くと、まぶたの裏側に風景が浮かんでくる。
見えるのは、満開の桜。
内浦の潮風に吹かれて宙を舞う桜の花びらが、まるで五線譜に並ぶ音符のようにポツリ、ポツリとアスファルトの上に舞い落ちる。
桜と言えば春を連想するように、梨子ちゃんのピアノの音色はどこか温もりを感じる。
春は出会いの季節とも言
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