桜の音色に包まれて
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その音を耳にした瞬間、自分でも嫌というほど分かってしまった。
その淡い桜の音色を、私が聴き間違えるはずがない。
「曜ちゃん……?」
「梨子ちゃん……」
あまりにも突然すぎて、心の準備すらできていなかった。
私の初恋のひと。
十年ぶりに会った彼女は、少し大人びて見える以外、なにひとつ変わっていなかった。
彼女の音色、声、姿。
その全てが、捨てたはずの初恋を蘇らせようとする。
――ああ……私はまだ、梨子ちゃんのことが好きだったんだ。
捨てたと思い込んでいた私の初恋は、どうやら完全には捨て切れていなかったみたいだ。
四月の中旬。その場所を訪れたのは、本当にただの偶然だった。
企業に所属するプロ高飛び込み選手の私――渡辺曜。その日、会社の上司との付き合いで、私はそこを訪れたのだ。
――近所に良いピアノバーがあるの、行ってみない?
上司相手に断れるはずもなく、私はそのピアノバーを訪れた。
中はランプの照らす仄かな明かりだけで薄暗く、全体的にオシャレな雰囲気の漂う内装。そんな高級感溢れる雰囲気をさらに引き立たせるように、店内にピアノの演奏が流れ始めた。
カウンターで上司と飲みながら、私はその音色に耳を傾けていた。
その音を聴いて、私はすぐに理解してしまった。グランドピアノを優雅に奏でているのが、誰なのかを。
ピアノに隠れてその人の姿は見えないけど、その奥にいるのが誰なのか、私にはハッキリと分かる。
どこか温もりを感じる桜色。それが、店内に響きわたる音色だった。私はその音色に懐かしさを覚えながら、演奏が終わるまで耳とグラスを傾けていた。
やがてその音色が聴こえなくなると、店内にはパチパチと疎らな拍手が代わりに響いた。私は伴奏者に拍手を送りながら、十年前、まだ私が高校生だった頃を思い出していた。
――あの頃も彼女のピアノを聴き終わったあとは、こうして拍手していたっけな。
観客たちの拍手に迎えられて、さっきまでピアノを弾いていた人物が立ち上がった。
鮮やかなワインレッドのドレスに身を包んだ彼女は、久しぶりに会うことも加味してか、少し大人びた印象を受けた。
彼女は拍手に応えるように、手を振りながら店内をぐるりと見渡す。
そんな彼女の様子をまじまじと見続けていた私。やがて彼女が私のほうに視線を向けると、
「曜ちゃん……?」
「梨子ちゃん……」
バッチリと目が合ってしまった。
彼女の名は桜内梨子。高校の同級生で、青春を共に過ごした大切な仲間であり、親友。
そして、私の初恋のひと。
私にとって輝かしい高校生活。あれから十年が経った
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