ロクでなしども、出会う
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清水義範という人の作品に、二一世紀初頭の東京で暮らす若者が時間をさかのぼって一九八〇年に迷い込むSF小説がある。
テレビを消したりチャンネルを変えるには立ち上がってそこまでいかねばならない。缶ビールの蓋を開けると、蓋のつまみが取れて指にぶら下がる。ガラケーはおろかスマートフォンもない。インターネットで情報を得ることもできない。
主人公は大いにとまどった。
わずか半世紀にも満たない短い間だけでも、ここまで大きな違いがある。
まして蒸気機関やガス灯が普及しはじめたばかりという、元の世界よりも文化や文明の低い異世界に飛ばされてはどうだ。
秋芳の飛ばされたのはそんな世界だ。
電気もインターネットもコンビニもカップラーメンも水洗トイレもない(魔術関連や富裕層など一部の人たちの住まいにはある)。スマートフォンはただの金属の板切れと化す、そのような世界なのだ。
なじんだ世界との違いを克服するには、とにかくその世界で生活することだ。
そして生活するというのは、働くことである。
秋芳は働いた。
薪割りや買い出しといった屋敷での雑用から、街中での路上清掃や下水処理。
ウェンディからの個人的な依頼で、錬金術で使う素材を集めたりもしたし、貴族らの遊興のお相手や、狩猟の勢子も務めた。
「――一〇日で一〇万本の矢を用意できるかと言われた諸葛亮。しかし彼はなんと一〇日どころか三日で用意すると宣言したのです。軍中で戯言はご法度、前言を翻すことはできません。もし三日で一〇万本の矢を用意できなければ処断されることになりました。しかし諸葛亮、それから二日の間はなにもせず、期限の前夜に二〇艘の小船に藁の人形をならべて深い霧の立ち込める中を敵の陣へと向かいました」
「藁のゴーレムかしら? でもストローゴーレムなんて聞いたことありませんわ」
「もう夜も更けてきましたので今宵はこれまで。続きはまた明日の番に……」
「ちょっと、そういう焦らしはいらなくてよ!」
「侮辱を浴びせられたアンドレは思わず手にしていたショコラを投げつけ、一喝しました。『そのショコラが熱くなかったのをさいわいに思え!』と」
「アンドレ、なんて情熱的! でもなんでショコラは熱くなかったのかしら?」
「それは……、オスカル様はぬるめのショコラを好んでいたからです」
「あら、わたくしもぬるいショコラが飲みたくなりましたわ。ミーア、用意してちょうだい」
「はい、お嬢様」
一番受けが良かったのがこのような語り聞かせだ。芝居や小説はあっても映画やテレビ、ラジオもない世界で物語ものは貴重な娯楽なのだ。
さらにフェジテの南西にある港町シーホークまで足を延ばし、港湾労働者たちにまざっての荷運び作業など、秋芳はよく働いた。
労働もまた知識を得るための手段
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