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霊群の杜
水虎
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やり口に準じるんだがねぇ…」
それだけ言い捨てて、奉は再び目の前の遺体に顔を近付けて唸り始めた。…こいつも何をノコノコ呼び出されているのやら。
「海の中で突然倒れ、助け上げた頃には血液がなかった。…結貴よ、それで間違いはないんだな」
俺は小さく頷いた。…思い出したくもないが。奉はふいに顔を上げて、診断を下す医者のような口調で呟いた。
「…これ、『水虎』にやられたねぇ」
「すいこ?」


「有体に云ってしまえば『河童』の一種だ」


河童…と聞いて俺の頭をよぎるのは、人間と相撲をとったり集団で馬を水中に引きずり込もうとしたり、畑でキュウリ盗んだりするコケティッシュな連中だが…。
「河童ねぇ…」
人を襲う話も聞くが、少なくとも吸血などというえげつない手段で人を襲う妖だったか、あれは。
「よく知られた妖だけに、河童の中でも色々分類はあるんだが…中でも水虎は最も厄介な手合いでねぇ…」
参ったねぇ…などと呟きながら奉は、草間の遺体の周りをぐるぐると回る。そして、やおら鞄から茶筒のようなものを取り出し、遺体が安置されている台の周りに、中身を撒き始めた。
「ちょっ…なに散らかしてんだ」
「ん?こりゃ、塩かな?」
茶筒の中の白い粉が弧を描き、草間の遺体を丸く囲んだ。白線が囲む寝台に横たわる、死んだ草間。
死んでいる筈なのに。草間は死んでいるのに、死ぬ以上に酷く恐ろしい何かが草間を蝕もうとしているような気配すら…。
「塩も入っているが…麻を白くなるまで焼いた消し炭だねぇ、主に」
煙色の眼鏡を透かして、奉の眼が垣間見えた。…何だろう、微かにだが、焦りのような気配を感じる。俺自身も、ついさっきから奇妙な胸騒ぎに苛まれ始めていた。
「……何か、来るのか」
「……来ているよ」
冷え切った霊安室の空気が、さらに研ぎ澄まされる。どうやら『視る』力はさっぱりなさそうな薬袋ですら、いぶかしげに周囲を見渡し始めた。
「僕、そういう素養は全然ないんだけど、なんていうか…厭だな、この感じ」
奉は口元を少し歪めて笑っているような形を作った。…眼鏡越しに垣間見える眼は、笑っていない。
「だろうねぇ…心配はいらないよ、奴らは年に一度しか、食事をしない」
言葉を切り、油断なく周囲に視線を巡らせる。
「その代わり、徹底的に喰らうんだよねぇ…ときに結貴、この男はお前にとって、何だ?」
「何って…友達…」
という程、彼と親しかっただろうか俺は。おずおずと友達などと口走ってしまったが。…奉は見透かすように小さく息をつくと、ぐいと俺の眼を覗き込んできた。
「水虎が何をしに来たのか教えておこう」
奉が話す『真相』は、その後半年以上に及ぶ悪夢を俺の意識に植え付けることになる。



人を海中に引き込み、精血を吸った水虎はその後、その死体を付け狙う
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