水虎
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「具合悪いのか…?」
「いや…」
云うべきなのか、気づくのを待つべきなのか。
「もう、手遅れなんだが」
云うべきか、云わぬべきか。
「草間…は…」
俺は。
「草間は、もう死んでいるぞ」
目を見開いて、非難するように俺を凝視する今泉。瞬間的に『しまった』と思い、弁解の言葉を必死に探ったが出てこない。
遠くで揚がる不吉な水飛沫。
ざわめく海岸線、そしてヒステリックに伝染する悲鳴。
俺と今泉は一瞬睨み合う感じで視線を交わしていたが、悲鳴が聞こえた瞬間、弾かれたように今泉が駆け出した。
海に入り、腰まで漬かり、立ち尽くし、死ぬ。
これだけの事が僅か30秒程度の間に起こった。
数人の有志に引き揚げられた草間の遺体は、不自然な程に白かった事を覚えている。白を通り越してそれは青く、唇は紫色すら宿していなかった。まるで……
「まるで、血の一滴に至るまで全て吸い上げられたみたいだよ」
ふいに現実に引き戻され、俺は頭を振った。
総合病院の、霊安室。枕頭に僅かばかりの白菊を供えられた草間の遺体は、今もやはり白い。…考えたくもないが、変死にはつきものの解剖は、これからだろうか。
変態センセイ…薬袋は、この地域の検死も担当しているらしい。そういや、うちの大学でも法医学の講師をしている。
「血管の中に、血がないんだ。これでよくも、準備運動までして海に入ったね」
「原因とか、分からないんですか」
傍らに居た今泉が、控えめな花束を枕頭にふさりと置いて呟いた。
「原因?死因のこと?そりゃ失血死だよ」
「そうじゃなくて…その」
「あーあー、失血の原因?分からないよそんなの。とにかく僕に分かるのは、死因は失血死、外傷はなしってこと。あとは鑑識とかの仕事なの」
そう云って面倒くさそうに手袋を取る。…どうした、普段から外面だけは完璧な変態センセイが、今日はいやにつっけんどんではないか。
―――あ、いっけねぇ忘れてた。
「……先生、この前はどうも、奉がとんだご迷惑を」
「ん?全然、全く気にしてないよ?だって僕には何も後ろ暗いことはないんだもの」
……怖い。笑顔は完璧だが声に棘が含まれている。
「怒ってないよ、ほんとほんと。今日だって君だから、特別にここに通したんだよ。まだご遺族もいらしてないっていうのに。それもこれも、君が僕の大切な人だからだよ」
傍らの今泉が、ざっと身を引いた気配を感じた。
「……ちょっと待て今泉。その態度はまだ早い。誤解だ。先生は」
「誤解!?誤解って何だい!?大体何だい今更他人行儀に。いつもみたいに変態センセイって呼んでくれよ」
「変態センセイ……!?青島、お前この人と一体……!!」
今泉の顔が、暗がりに青ざめた。…俺の顔はもっと青ざめていたに違いない。
「違うんだ本当に。ちょっ
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