その物件にはテナントが入らない
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だが、腕や掌は使い込まれた職人のそれを思わせた。俺の視線に気が付いたのか、老人は桜木の手を放し、俺をまじまじと見つめた。
「…あんたぁ、ここを借りるのか」
「いえ、ラーメン屋のテナントを探していまして。…ここもラーメン屋だったと聞いたんですが、何かの間違いみたいですね」
煤けた四畳半を見渡し、首を竦めてみせる。そうだ、きっと何かの記録間違いなのだ。こんな場所でラーメン屋を営めるわけがない。
「―――いや、ここはラーメン屋だった。間違いない」
俺は肩に掛けた鞄を落とし、桜木は手にした書類をばさりと落とした。
「おじいさん…ここが何だったのか、知ってるんですか!?」
咄嗟に桜木が食いついた。おい、また老人を倒すなよ、とハラハラするが、俺も気になるところだ。
「ふむ…あんたは不動産屋か。ここの事を何も知らずに来たのか」
「前任者が引き継ぎなしで辞めてしまいまして…そ、それより、貴方はここの事を知っているんですか?元常連さん?」
老人は事もなげに云った。
「ここを借りていた者だ」
「え―――!!!」
俺と桜木は同時に叫んでいた。…なんという偶然か!
「そうなんですか!だったら話は早い、どう営業していたのか教えて下さいよ!」
「そうはいかんのだ」
「なっ…」
何を勿体つけているのだこのクソ爺。こんな状況でお預け食らって帰れるか。…そんな瞬間的に煮えたぎった俺に呼応するように、桜木が爺の裏に回り込んでドアの鍵を掛けた。
「!?」
「そうはいかない…その台詞、そっくりお返し致しますよ…」
くくく…と低い笑いを漏らして、桜木が呟いた。
「この物件は事務所内でアンタッチャブルな案件として皆が腫れ物にでも触るように扱うのですよ…どの先輩に訊いても何も教えてもらえない!前任者は行方不明!」
口角泡を飛ばして老人を追い詰める桜木を眺めているうちに、沸き立った気持ちが微妙に冷めて来た。…あれ、俺なにやってんだろう。これ完全に俺達、老人を監禁しようとしている悪い奴だよな。俺が止めるべきか…。
「―――行方不明か、福本は」
桜木の奇行をスルーして、老人は小さく息をついた。
「福本さんを知っているんですか!?」
…ん?何か内輪っぽい話になってきたぞ。
「おい、福本て誰だ」
「前任者ですよ!この物件の担当者!いきなり辞表出して、そのまま行方不明なんです」
「……そうか、そうか。福本は」
老人はそう云ったきり、何かを考え込むようにして天井の隅を睨んだ。
「福本さんが居ない今となってはこの物件の使い道を知るのは、あんただけなんですよ…あんたが死んだら!もう知る人間は居ないんです!…こんな機会、絶対に逃しませんよ!!」
とりあえず桜木が順調にヤバい。目とか血走っている。これから開店準備とか忙しくなるのに、変な事件に巻き
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