第四章
[8]前話
「これをお出ししました」
「煮豆とチーズ達をか」
「旦那様がご幼少の頃に召し上がられていたもので」
まさに彼が味覚に目覚めたその頃のことだというのだ、美食の道を歩きはじめた。
「そして調味料も香辛料もです」
「その当時のものにしたか」
「まさにその時のこうしたものこそです」
「私が最高に美味いと思ったものだからか」
「最初に」
「そういうことだったのか」
「はい、人は全て最初を最も印象的に感じて覚えています」
それが無意識のうちであってもというのだ。
「ですから」
「私にとっての最高の美食はか」
「これだと思い出したのでお出ししました」
「成程な」
ここまで聞いてだ、ハールーンは笑顔で応えた。
「そういうことか、確かにだ」
「美味しいですか」
「最高にな」
まさにというのだった、ハールーンも。
「わかった、そして実際にな」
「美味しいですね」
「この上なくな」
そうだという返事だった。
「これはいい、そなたの言う通り最高に美味い」
「そうですか」
「礼を言う、最高の馳走を食べさせてくれたそなたにな」
「有り難きお言葉」
「そして褒美は何がいい」
ハールーンはイマムに満足している笑みを向けて問うた、彼は主としては鷹揚で寛容、そして気前のいい主として知られている。
「一体」
「はい、包丁が欲しいです」
「包丁か」
「日本の包丁を」
それをというのだ。
「お願いします」
「日本のか」
「はい、旦那様は近頃海の幸がお好きですね」
「前からだが最近は特にだな」
「やはり海の幸にはです」
これを調理するにはというのだ。
「日本の刺身包丁なので」
「だからか」
「それの最高級のものをお願いします」
「そういえばそなたは包丁を集める趣味があったな」
「はい」
シェフだからではない、実は彼はそれを集めるのが趣味なのだ。包丁の切れ味を確かめて喜んでいるのだ。
「ですから」
「だからか」
「はい、それをお願いします」
「わかった、ではな」
ハールーンはイマムの申し出に笑顔で応えて言った。
「それを用意しよう」
「それでは」
イマムも笑顔で応えた、そしてだった。
主がその煮豆やチーズを満面の笑顔で食べるのを彼も笑顔で見守った、幼い頃に食べた最高の味に最高の笑顔になっている主を。
美食王 完
2017・3・17
[8]前話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ