玖
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う、体は意識から離れて動き出した。
「あっ、おいミカゲ!?」
キャスターの声は聞こえたけど、それくらいで体は止まらない。間違いないのだ。十年以上たっているが、それでもこの香りを……この花のような甘い香りを忘れるものか。
召喚陣へ踏み込み、そのまま中央へ向かう。光の中に入る形になって最初のうちは視界が最悪だったが眼球へ魔力を回しどうにか視界を確保する。
足を進める。その先にいたのは――――――
「あら、マスターの方が自分から来るだなんて」
「ごめん……どうしても、我慢できなくて」
姿を見て、声を聞いて。確信へと変わった瞬間涙がこぼれそうになったが、必死に耐える。唐突に自分を召喚した初対面の相手が涙を流している、だなんて気持ち悪い光景にもほどがある。状況が状況故に藤丸君くらいの年齢なら大丈夫なのかもしれないけど、残念ながらこちらは三十路だ。許されることではないだろう。
「それに、君にしてみたら、今から俺が言うことは意味不明だと思う。全く心当たりがなくて、初対面の相手がわけわからないことを言ってるだけかもしれない。でも、俺は、」
それでも、涙は我慢できたが、言葉は我慢できなかった。涙を無理に我慢しているからか言葉が変にとぎれとぎれだけど、それでも、はっきり言わなきゃいけない。この時のためだけに、俺は魔術の世界に入ったんだから。
「俺、は」
一々どこかで召喚された記憶なんて、英霊側に残っているわけがない。座へ情報として保存されることはあるかもしれないけど、たったあれだけの期間が、何も与えられなかった俺の行動が、覚えられているわけがないと。
「あら……もしかして、カズヤ?」
だから、期待していなかったから。俺の名前が呼ばれた瞬間、もう涙をこらえることはできなかった。
「なんで、覚えて」
「……不思議ね。私にも、なんでなのか分からない。たった数日のことだったけど、これまでで一番楽しい時間だったからかしら」
そう言いながら、マルガは涙を流す俺を抱きしめてくれた。力が入らなくなって膝から崩れて、一緒にしゃがんでくれたマルガの顔が俺の顔の横に来る。
「あれから何年たったのか分からない。でも……大きく、カッコよくなった。もう可愛らしいマスターだなんて、言えないわね」
「マルガ、俺、あれから、」
「ええ……何も知らないけど、頑張ってくれたのは分かるわ。本当に、頑張ったのね」
もしも、マルガが覚えていたら、なんて考えなかったわけではない。未練がましく、何度でも考えた。だからいくらでも話したいことがあったはずなのに、何一つ口をついてこない。嗚咽に邪魔されて、マルガの涙声が聞こえてきて、何よりも間違いなくそこにいることが体温で分かったから。マルガの腕が俺の背に回されているように抱きし
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