最終話 おとぎ話と罪の終わり
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音もなく静かにスライドしていく扉の向こうでは……ベッドの上で静に、金髪の男が眠り続けていた。
(……先任……)
胸中で彼を呼ぶ青年は、ベッドの傍らにある椅子に腰掛けると――周囲に視線を移す。「恩人」の側には、色鮮やかな花が飾られていた。
――青年はこうして頻繁に見舞いには来ているが、こんな華やかな品を持ち込んだことはない。こういうものに関するセンスは持ち合わせていない、という自覚があるためだ。
つまりこの病室に飾られている花は、あの女性が用意した物ということになる。
――どうやら人の気も知らずに眠り続けているこの男は、意外に女性から好意を持たれているらしい。死んだように意識を手放している「恩人」の寝顔を見下ろし、青年はため息をつく。
(……全く、この人は)
だが、それから間も無く。顰めっ面になっていた彼の貌は、苦笑いへと変化していった。仕方ないな、と表情が語っているようだった。
(……先任。俺は、自分に出来ることは尽くしました。ですが……まだ。終わりじゃない。あなたが目覚める日まで、俺の戦いは……)
やがて神妙な面持ちで「恩人」を見つめた後、青年は額に手を当て目を伏せる。終わらせたくとも終わらない、自分にとっての「戦い」が、途方もないものになるのだと――覚悟するように。
だが。
「……なぁん……て、カオ……してんだ、よ」
「――!」
永遠のように続いて来たその日々は。唐突に、終わりを告げる。
自分達以外は誰もいない病室で、自分ではない声が聞こえた。それが意味するものを頭で理解するより早く、青年は顔を上げる。
一体、何が起きた。俺は夢を見ているのか。
彼の顔が、そう叫んでいるかのようだった。
そんな青年の顔が、よほど可笑しかったのだろう。先ほどまで、長い眠りに囚われていた「恩人」は――今まで死に体だったことが、嘘のように。
「……俺は死なねぇ。そうだろ、キッド」
大らかに、笑っていた。
「……っ、ふ、ぐっ……!」
その笑顔で、ようやく青年は目の前の光景を受け入れるに至り――泣けばいいのか笑えばいいのか、脳が理解出来ないまま、言葉にならない声を漏らす。
それはまるで、嗚咽のようだった。
そして、この日。
青年――キッド・アーヴィングの長い「戦い」は、ようやくその幕を下ろす。
◇
――2037年8月。
東京郊外某所、「COFFEE&CAFEアトリ」。
日本最大の都市からやや離れた森の中で、静かに営まれているこのカフェは――自然に囲まれたウッドデッキと、そこから窺える景観を売りとする憩いの場だ。
約20年に渡り、知る人ぞ知る「穴場」として密かな人気を集め続けているその空間は、今―
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