アルジャーノン
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アシュタロス事件の後、俺は隔離されていた。
それから、俺の体や魂だけじゃなくて、頭の中でも何かが起こっていた。 まるで視界を覆っていた霧が晴れて行くように、思考も記憶も次第に明晰になって行く。
人間は一度見た物を、必ずどこかに記憶していると言われるが、俺も今それを体験していた。
子供の頃に見て、頭から排除していたはずの記憶が全て閲覧可能になり、必要ないと忘れたはずの知識が蘇って来る。
体の感覚もどんどん鋭敏になって、第六感と呼ばれるスーパーセンスや、退化して人間が失った感覚も、これから進化して得られるであろう感覚をも取得して行った。
確かにルシオラの肉体部分を失ったのは大きな損失だった。 現在の俺はエンドロフィンの欠乏状態にあり、思考の継続と肉体の制御が困難な状況にあったが、それらの操作も簡単な事へと変わって行く。
さらに唇の結合によりサンプリングされた彼女の遺伝子データから、肉体の全てを俺の脳の中で再現し、思考活動をシュミレートする事も可能となった。
即ち現在の状況で彼女がここにいると仮定して。 何を発言するか、俺の質問に対しどう答えるかを計算し、必要であるなら視覚野に映像を展開し、物理的接触や嗅覚、味覚など五感の情報も、脳に対し現実と同様に、無意識に提供する事もできた。
肉体に与えられる圧力と、加速度Gを再現するのは困難だったが、テレキナシスと呼称される力で再現可能であり、彼女は現実にここに存在するのと同等と言えた。
「ヨコシマ、やっと一つになれたね」
「ああ、やっと… だけどずっと一つだ」
「うれしい」
愛とは所詮、脳内物質が起こす一種の幻覚である。 よってこの行為を幻と卑下する事はできない。 現実に俺はこの感覚と思考を手に入れ、急速に彼女と同化し、進化しているのだから。
今の俺には、この愛を分子や酵素の活動として説明する事もできた。 ああ、この満たされた気持ちを数式にして君に送ろう。 ドーパミンと、アドレナリンと、セロトニンと、エンドロフィンの奏でる四重奏を、譜面に書き写し君に捧げよう。
「ありがとう、綺麗な数式だわ、それにこの曲も心臓の鼓動が伝わって来るみたい。 ラブレターやラブソングなんて貰うの初めて」
俺の中の彼女も喜んでいる。
人間の脳は使われていない部分、つまり現在のペルソナから切り離された部分と、別の神経のネットワークが存在する。 現時点で余剰な領域を彼女に対して開放しよう。
こうして俺は、横島と呼ばれた表面的なパーソナリティを維持しながら、ルシオラと呼ばれた魔族の少女に対して、脳の中で自由に活動する権利を与えた。
現在の俺は管理者としてこの体を維持し、様々な調査から逃れるため、横島忠夫のマスクを被り続けなければならない。 そして監視下にある間は、
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