アインクラッド 後編
鼠の矜持、友の道
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な過去があったなんて、わたし、思ってもいなかった。……だからこそ、このままで終わりたくないんです。見てみぬふりなんてしたくない。これで終わりだなんて、考えられない。だって――」
ふと、頬を涙が伝っていることに気がついた。瞬きすると、表面張力で辛うじて目尻に溜まっていた分が押し出されてつうと滑り落ちる。
一旦言葉を切り、いろんな感情でいっぱいの胸に、更に大きく空気を吸い込む。この先は、簡単に口にしてはいけない言葉だと思うから。
でも、言わなきゃいけない。今のわたしにとって、それは何より大切な想いだから。
「――わたしは、マサキ君のことが大好きだから……!」
「……やれやれ、良いよな、若いってのは。ああいう恥ずかしいことを臆面もなく言えちまう」
「『自分にもそんな頃があった』とか思ってるのカ?」
「まさか。俺は根っからのシャイボーイだよ」
アルゴの問い掛けを、カウンターに寄りかかったエギルが冗談であしらう。二人の視線は共に店の玄関口に――正確には、そこからつい先ほど出て行った一人の少女の面影に向けられていた。
「それにしたって、正直驚いたぜ。まさかお前がタダで、しかも合計800万コル分の情報を喋るなんてな」
「さあ、一体何のことダ? オイラは気持ちよく酒を飲んでただけだゾ?」
「ああ、そうだな。《鼠》がタダで情報を渡すなんて、有り得ねぇ」
エギルがその巨体をカウンターから離して歩き出すと、板張りの床が鳴らす足音が二人きりの店内で反響しては消えていく。
アルゴは笑っていた。エギルの言葉は正しい。側溝の下を忙しく駆けずり回り、餌の匂いを嗅ぎ付けては浅ましく食らいつく。転んでもただでは起きず、金のためなら自分のステータスさえ売り渡す――それが、アルゴが《鼠》という役割に徹するために作り上げた矜持だ。
エギルは一旦店の奥に姿を消し、先ほどアルゴに出したウィスキーの瓶と氷の入ったグラスを持ってアルゴの対面に腰を下ろした。直方体の瓶を傾け、二つのグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
「何考えてんだヨ、悪徳商店」
「そりゃお互い様だろ、悪徳情報屋」
エギルが自分側のグラスをもう片方と軽くぶつけると、キン、と澄んだ音が鳴る。そのグラスを手に持ったまま、エギルは言った。
「……でもよ。たまには《鼠》としてじゃなく、人として、ダチとして、何かをしたいと思うのは、間違いじゃねぇと思うぜ」
アルゴは笑顔を作った。寂しそうで、悲しそうで、でも、どこか安堵したような。例えるなら、昔むしってしまった小さな花を足元に見つけたような――そんな笑顔だった。
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