第三章
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ここでだ。僕は友人の一人の後ろに見た。見てしまった。
防空頭巾を被った女がいた。青ざめた顔に死んだ魚の様に虚ろな目をしている。動きも何かおかしい。その女を見てだ。
僕はすぐにだ。皆に叫んだ。
「おい、見ろ!」
「何だこいつ!」
「この女何だ!」
皆同じものを見た。その女を。
その後ろから迫られている彼も振り返って仰天して叫んだ。
「こいつ何だよ!」
「おい、他にもいるぞ!」
「他にも出て来たぞ!」
他にもだ。虚ろな青ざめた顔の連中が海から出て来た。
そして僕達に迫って来る。僕達は咄嗟に逃げた。
誰もが砂浜に急いで泳ぎその砂浜も慌てて出た。ビーチパラソルもほったらかしで置いていた食べ残しも上着もそのままにして。
そのうえで砂浜の上にあった道路に出て一息ついた。そのうえで。
メンバーをチェックする。何とか皆いた。まずは何とかよかった。
とりあえず全員無事であることを確かめてからだ。僕は蒼白になった顔で皆に言った。
「あれ何だと思う」
「幽霊だろ」
「それだろ」
皆すぐにそれを連想した。
「あんな防空頭巾の人が今時いるか」
「あれ戦争中の格好だぞ」
「そんな人が今時いる筈がないだろ」
「しかも海の中にいたんだぞ」
おかしなことだらけだ。普通に考えて有り得ないことだ。
だから僕達はあれは幽霊だと直感した。そのうえで海を見た。
海には誰もいない。砂浜にも。あの防空頭巾の女は何処にもいなかった。他の連中も。
そのことは確かめた。けれどもう砂浜に入ろうとはとても思えなかった。それでだ。
自分達のキャンピングカーに向かうことにした。車の前でだ。
先程のお婆さんと会った。お婆さんは今の僕達を見てすぐに言ってきた。
「会ったんだね」
「はい、あれは一体何ですか?」
「幽霊ですよね」
「そうだよ」
友人の一人の言葉にだ。お婆さんは答えてくれた。
「あれはね。幽霊だよ」
「戦争中の幽霊ですか?」
「それですか」
「この町もね。戦争中は空襲に逢ったんだよ」
僕達の言葉を肯定する返答だった。
「それで大勢死んでね。あたしもその時この町にいてね」
「その空襲を見たんですか」
「そうなんですね」
「そうさ。死んだ人の中には空襲の火傷で川や海に飛び込んでね」
酷い火傷で急に水の中に飛び込めばどうなるか。ショック症状を起こしてしまう。このことは僕達も知っていた。
「それでも沢山死んだんだよ。特に海はね」
「あの海はですか」
「酷かったんですね」
「死体で。死んだ人達で」
お婆さんはその時のことを思い出したのだろう。とても悲しい顔になって語りはじめた。
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