巻ノ百六 秘奥義その八
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「飲むか」
「酒ですな」
「それをですな」
「うむ、肴は味噌じゃ」
大久保は笑って肴の話もした。
「それと蕎麦がきじゃ」
「その二つですか」
「それで、ですな」
「飲もうぞ、やはり武士の口にするものはな」
三河武士そのままの考えをだ、大久保は述べた。
「質素が一番じゃ」
「全くですな」
「質素でこそ武士です」
「飯は質素にして」
「そしてですな」
「そうじゃ、近頃江戸の者達もじゃ」
彼等も三河から出ているがだ。
「どうもな」
「贅沢になってきておる」
「口にするものも着るものも」
「屋敷もですな」
「何かと」
「それはいかん」
厳しい声での言葉だった。
「断じてな」
「質素であるべきですな」
「武士の暮らしは」
「食も服も家も」
「その全てが」
「三河の時を思い出すのじゃ」
徳川家が松平家であった時だ。
「今の様に贅沢だったか」
「いえ、全く」
「貧しいと言ってよかったです」
「駿河に入り驚いた位です」
「織田家のその絢爛さにも」
「何かと」
周りの者達もその頃のことを思い出して言う。
「長い間そうでしたな」
「我等は質実剛健でした」
「何につけても」
「今とは全く違っていました」
「あの頃のことを忘れてはならん」
大久保は強い声で言った。
「断じてな、だからな」
「酒の肴もですな」
「味噌の蕎麦がき」
「そうしたものですな」
「これでも贅沢な位じゃ」
その味噌や蕎麦がきもというのだ。
「そうであろう」
「全くです」
「三河ではそうしたものすらありませんでした」
「味噌なぞとても」
「ありませんでした」
「そうであったわ」
まことにとだ、大久保はまた言った。
「貧しいその時のことを忘れず質実剛健じゃ」
「三河武士ならば」
「それに徹するべきですな」
「わし等が贅沢をすればその分民から取る者もおる」
税を取りそしてそれで贅沢をするというのだ。
「それはあってはならぬ」
「断じてですな」
「では今宵の肴も」
「そうしたもので楽しみ」
「飲みますか」
「そうしようぞ、ではな」
ここでその酒と味噌、それに蕎麦がきが運ばれてきて皆で飲みはじめた。そうしつつであった。
濁り酒を飲みだ、大久保は笑みを浮かべて言った。
「うむ、実にな」
「よい酒ですな」
「実に飲みやすいです」
「これは駿河の酒ですな」
「そちらの酒ですな」
「この前駿河の者から貰ってな」
それでというのだ。
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