暁 〜小説投稿サイト〜
ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
第3章 儚想のエレジー  2024/10
20話 ひびわれるおと
[1/5]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 ティルネルに言われ、やむなく部屋を出る。
 腹を括ると言ってみたものの、フローリングを歩く足取りはこれまでにないまでに重圧に(ひし)がれて思うように進まない。それこそ床板が抜けないのが不思議なくらいに増した体感重量に顔を顰めながら、逃亡を防止すべく見張る看守のように――――当人にそんな意思は毛頭無いのだろうが――――随伴するティルネルの気配を感じつつ、やっとの思いでリビングへと至る。ただ顔をあわせる程度ならここまで苦労はしないものを、と難儀を嘆くのもそこそこに、無情にも最も顔を合わせたくない相手の姿が視界に捉えられた。


「………あ、燐ちゃん。ティルネルさんも、おはよ」


 パジャマ姿でトーストをサクサクと齧っていたヒヨリは、笑みを向けてくる。
 いつもと変わらない、それこそSAOにログインする前から見慣れた柔らかい笑顔は、いつからか直視するに耐えられないものとなっていた。いや、変容したのは俺の方なのだろうが。


「今日は早起きだね。何かあったの?」
「………いや、………その………」


 フィールドに出るから一緒に付いて来てくれ、と。言葉は脳内で完結しているのに、発音は躊躇されて呻くような声に変わる。この期に及んで尚も決心の定まらない有様には我ながら情けない限りだが、対するヒヨリは口を引き結んだまま沈黙する。何気ない表情と認識していたそれさえも、ティルネルとの遣り取りがあってから多少の危機感を覚えたのだろうか。どこか寂しそうな表情に見えてしまう。そして同時に、考え過ぎなのではないかと杞憂で済ませようと鈍感になろうとする誘惑が増大する。


「えっと………、じゃあ私、クーちゃんのところに行ってくるからね!」


 口を閉ざしてほんの数秒だけこちらを観察していたヒヨリは、居場所無さげにその場を離れようと椅子から立ち上がる。ヒヨリにしてはやや早足の歩行で、まごつく俺とティルネルの間を通り抜けると、朝食の用意について言い残すと呆気なく横切ってしまう。
 自分が含まれない内輪の話を耳にすれば、むしろ飛び込んでくるくらいに活発だった頃のヒヨリを思うと、そのリアクションは余りにも淡泊に過ぎると感じざるを得ない。しかし、言い知れない不安が脳裏を過った。そしてそれは後悔へと変貌し、俺を責め立てては胸中にざらついた感覚を残した。それは奇しくも無鉄砲にグリセルダさんを救出しに行った際に感じた直感に酷似していた。《このまま看過すれば、取り返しのつかないことになるぞ》という、無意識化の警鐘。決してどちらかが生死の危機に瀕する事態に遭遇することはないのに、それまでの尻込みを払拭させるには十分だったらしい。


「……………手を、貸してほしい」


 蚊の鳴くような、弱い声音をどうにか喉から絞り出し、廊下に立つヒヨリに
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ