暁 〜小説投稿サイト〜
ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
第3章 儚想のエレジー  2024/10
20話 ひびわれるおと
[3/5]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
いてくれたのがヒヨリだったのだ。

 ………そして、それまでの努力を、俺のために使おうとするのを諦めたのが二ヵ月前ということなのだろうか。
 俺だけではない。クーネ達や、アスナを始めとする血盟騎士団、攻略組に名を連ねるギルドやソロプレイヤーの多くがその惨劇の中で奮戦した。その中にさえ入れなかったという事実を、ヒヨリはどう受け止めるだろうか。これまでの経験のその全てが、怖いくらい鮮明に想起させる。そしてその答えが、今も頬を伝い続けるヒヨリの涙に他ならない。


「燐ちゃんを助けられるようになりたいだけだったのに、肝心な時に頼ってくれなくて、そんな時に私はいつも何も知らなくて、だから『そばに居るだけにしよう』って、やっとそう思えるようになれたのに………、なんで、どうして今になって、私なんかを頼るの………?」
「違う、今度は本当に………ほんとうに………」


 どこか怯えるようなヒヨリの問いに否定の弁を返す。だが、言葉が詰まってそれ以上を告げることが出来なくなっていた。言うべき言葉が頭から抜け落ちたわけではない。確かに認識している筈なのだ。それを喉から絞り出してしまえば済むだけの話なのに、仮想の身体は意に反して発言を拒絶する。
 当然、刻一刻と過ぎる時間の感覚は俺だけのものではない。いやむしろ少なからぬ沈黙のなかでよくぞ耐え忍んでくれていたというべきなのだろうか。怯えを湛えた表情でありながら何かに期待するような、そんなヒヨリの眼差しは今度こそ悲愴な色に塗りつぶされる様を無抵抗に見届けると、ポツリと一言、ヒヨリの口から零れた声を聞き取った。


「………ごめん、私、今の燐ちゃんと一緒に居るの、ちょっと辛いかも………」


 お互いの沈黙からなる静寂に、ヒヨリの声は痛いほど澄んで響く。
 どこまでも無知で利己的で打算的で、それでも偶然が味方して、降りかかる厄介事も、首を突っ込んだ面倒事も、そのどれも決して百点満点ではないにせよ乗り越えてきた自分に自惚れがあったから、俺は自分がヒヨリを守ってやっているという認識(この傲慢)を是正出来なかった。そんな俺に果たして何が言い返せていたのだろうか。

 翻ってそのまま廊下を進むヒヨリを、呼び止めることさえ出来なかった。
 玄関の扉を開けて立ち去っていくヒヨリを、眺めているしか出来なかった。

 目の前にまだヒヨリの姿があったのに、俺は結局動き出せなかった。
 もどかしくて仕方がない。悔しくてたまらない。でも、その資格が俺にはない。
 それまで抑圧し続けて、ヒヨリが積み上げてきた努力を否定した俺にその選択肢は在り得なかった。
 「俺を信じてくれ。力を貸してくれ」などと、今更頼むのには遅すぎた。浅慮が過ぎたのだ。ヒヨリの出ていったリビングの空気に溜息を零しながら重い身体をソファに
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ