人面犬
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ら、人の顔に近く見えたのかもよ」
「それが、人面犬の正体?」
「……当時はな。だがこいつは違うねぇ」
縁ちゃんは俺の背中に隠れてはいるが、好奇心にキラキラした目で暗がりの渦を見つめている。
「そら、姿を現し始めたぞ」
黒いもやはぎゅるん、と小さく渦巻き、急激に形を為した。
夕闇よりも更に昏い路地の闇を綿飴のように巻き取り『それ』は産まれた。俺たちの目の前で。
禍々しい呼気が、路地を満たしたような気がした。
犬の体に処刑された男の首を強引に縫いつけたような、死臭の漂う怪物が、目の前に居た。俺は縁ちゃんを背後に庇ったまま、あとじさる。…何なんだこいつは。少なくとも、何とかハウンドではない。
「化け物……」
そんな言葉が口をついて出た。
「人面犬て、何か……」
私が思ってたのと、少し違う…と縁ちゃんが呟いたその瞬間、人面犬が『跳んだ』。その速度に反応を忘れ、呆然と立ち尽くす俺たちの間を縫うように、そいつは跳び、走り抜けたのだ。俺の横をすり抜ける時、奴は微かに呟いた…気がした。
「ホ ッ ト イ テ ク レ ヨ」
「…いかん、おい結貴」
「何だ!」
「あいつを斬れ」
「は!?」
「奴の最高速度は100q。鎌鼬なら追いつける」
「そんな急に」
「早くしろ」
奉の言葉が、確かな質量をもって俺にのしかかった。…こういう云い方をする時の奉には、逆らわない方がいい。何の恨みもない産まれたばかりの存在を切り刻むような蛮行を…などと云える空気ではなかった。俺は背中に意識を集中し、呟いた。
「鎌鼬」
暗がりに暗殺の刃を閃かせ、鎌鼬が路地を馳せる。…なんという光景だ。自らの速度に耐え切れず、もげそうな爺の首をぶら下げて駆ける犬の体に、3つの疾風が迫る。…逃げ切れ。自分で放っておきながら、何故かそんな思いがよぎった。だが俺の微かな願いも虚しく、疾風は人面犬を捉え…その体は散り散りの靄となって消えた。
「あー…え?なにこれ、どうして?」
縁ちゃんが人面犬が消えた辺りに駆け寄り、辺りをきょろきょろ見回した。…じわり、と鳩尾がえぐられるような痛みが走った。俺は今、気味悪いだけで何の罪もない犬を…殺した。
「殺したんじゃないよ。お前は『散らした』だけだ」
―――散らした?
「さっき云っただろう。…あの『人面犬』という存在は、人の噂や勘違いなどが、暗闇を核に凝り固まって出来た『現象』みたいなもんだ。放っておけば塊になるし、散らせば解けて暗闇に戻る。縁よ、これが」
さっきの問いの答えだよ…と云って、奉はまた笑った。
「核になるのは何でもいいんだ。さっきの『外国の犬』でも、梅毒の噂でも。そういった『それっぽいもの』に、人面犬を信じるピュアな感性の持ち主が肉付けをする。あの頃頻発した目撃情報は、そういうわけなん
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