引き出し
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「ち、違うわよ!キャンディーは一個だけ食べたけども!」
「なんでおやつの前に食べるのさ!しかもそのウエハース結構前からあったやつじゃん!」
ティーポットやケーキの乗ったトレイを机に置き、少年は司書の手にあったお菓子を奪い取る。よくよく見て賞味期限が切れていることを確認すると、自分の姉に向かって盛大な溜息を吐いた。
「なんでこんなに甘いものに関してはリスクを冒そうとするの……」
「こら、返しなさい!大事なことを考えてたんだから!」
負けじと司書がウエハースを取り返すと、いよいよもって少年は呆れた目を向けた。片手を腰に当て説教の体制を取り、姉にびしっと指を立てる。
「あのね、姉さん。時間は元には戻らないんだよ。一回過ぎ去ったら、一度起きてしまったら、もう二度とやり直せないの!」
だから賞味期限切れのウエハースを食べようとはするな、という説教だったのだが。今の司書には切り出しの言葉が別の方向で刺さった。
悔やんだって遅いのだ。嘆いたって変わらないのだ。ならすっぱり切って、また次の最善手を探し出さなくてはならないのだ。
「……」
「聞いてるの、姉さん!」
「き、聞いてたわよ!……なんかありがと!」
「ありがとう?……どう、いたしまして?」
『引き留めてくれたことに対する感謝』だと解釈した少年は少々引っ掛かりを覚えつつも、怒りは収めて姉に背を向けた。一度だけ本当にウエハースを食べようとしていないか振り返ったが、それが杞憂であることを察すると地下書庫の扉を閉めて上階へ戻っていった。
その、階段を上る音を聞きながら。再び司書は手の中のウエハースを見つめた。今の短時間のやり取りの間に包装の中で中身が砕けてしまったらしく、すっかりくしゃくしゃになってしまった。もはやウエハースというより粉という方が正しくなったそれを見つめ、また先程の弟の言葉を頭の中で繰り返す。
一度過ぎてしまったら、もう二度とやり直せない。
もう少しだの早くだの、悔やんでいる場合ではないのだ。悔やむ時間があるなら、それを彼の仲間や彼自身を救う手立てを考える時間に充てるべきである。特に今回は本絡みだ、ビブリオマニアたる自分がここで足踏みをしてどうする。
そう自分の中で踏ん切りをつけながら、司書は歪んだ過去のウエハースをごみ箱に投げ捨てた。
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