タルクセナート
赤い屋根の宿
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吹く風は山の南に居た頃より大分寒くなり、一足早い本格的な冬を感じた。山の北側、タルクセナート地方の平野は鉄道が通るまでは実に寂しい土地であった。その拠点の一つ、フズルチルの町は今でこそ大層な都市であるが、歴史は浅い。古くは若干の遊牧民が日々暮らす程度で人が集まることなど無かった場所である。事態は数十年前に近郊の山系から石炭と金が大量に採れる様になって一変した。折から、この国の西側では、急速に工業化が進んでいたため、金属、燃料の類は慢性的に不足していた。資源を求めて人々が西の都からやって来た。追って運搬のための鉄道が敷かれ、辺りに町が出来た。その中で生まれたのがフズルチルの町であった。そんな町にユスフが着いたのは日が暮れて、暫くしたころであった。通りを抜けた路地に入る。狭い道は人々で溢れていた。大半の人はすす汚れたコートやジャケットを羽織って、茶色のハンチング帽を被り、足早に歩いている。丁度、労働者の帰宅の時間と重なったようだ。この人の波を掻き分け進むと屋根の赤い三階建ての建物が見えてきた。出発前に指定されていた宿屋である。馬をとめ、一階のロビーに入った。テーブルが四、五個並んではいるが、椅子が揃っているものや無いものが乱雑に配置されているといった方が正しい。奥の方で男が三人座って、ウォッカを片手にトランプに興じている。全員身なりは貧しい。ユスフは受付で係りを呼ぼうとベルを鳴らす。しかし、錆びているためか、ベルが上手く鳴らない。すると、カウンターの奥の暗がりからゆっくりと人が出てきた。ボサボサの髪をしたその男は引き出しから、ボロボロの台帳とペンを取り出し、ユスフの前に放り投げる様に並べた。ユスフが台帳を開き、ペンで自分の名前を書く。書き終えて、男に突き返す。男は台帳のユスフの名前を一瞥すると、台帳をしまおうとする動きを一旦止めた。「預かってる奴がある」そう一言、言って男は奥の引き出しから一つ封書を取り出しユスフの前に出した。
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