溝出
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今は、2月
たった それだけ
あたりには 春がきこえている
だけれども たったそれだけ
そんな詩を読んだ夭逝の詩人がいた。
そう、今は2月。
雪解けでぬかるむ道を、ブーツを濡らしながら俺の傍らを歩くこの人は、俺の為だけに微笑んでくれた。
「ほら、この枝」
爪先立ちするとようやく手が届く、小高い梢の一本を手に取り、静流は俺の前に差し伸ばした。
「この枝が一番先に、花をつけるの。…あっ」
バランスを崩してよろめく静流を抱きとめると、少し恥ずかしそうに肩を引いてしまう。
「…人前だと、甘えてくれないんだな」
「だって…」
耳まで真っ赤にして、静流は桜色のストールに鼻をうずめてしまった。…胸の中心から、むずがゆい感情が沸き上がってくる。今すぐ個室に引きずり込んで眼鏡とストール剥ぎ取って抱きしめまくりたい。
「なにカユいことしてんだ、蹴るぞ」
背中の中心あたりに鈍い衝撃を感じて前にのめる。
「奉っ…おい、今その足で蹴ったか」
ぬかるみを散々踏破した靴の裏を俺におしつけたかこいつ!最悪だ!!
「何かイラっとしてねぇ…」
「何て奴だ。2年半の女日照りを経て俺が手に入れた幸せがそんなに腹立たしいか」
「幸せが腹立たしい、とかではないねぇ…その顔筋の緩みきった平和ボケの表情に無性にイラつくというか、俺達がこれから何処へ向かうのか分かっているのか、とか」
「………ぐぬ」
俺たちはこれから、死体置き場の『お茶会』に向かう。
俺、奉、静流、そして『変態センセイ』こと薬袋のグループLINEに、厭なトークがぶっ込まれたのは一昨日のことだった。
比較的小さな教室での授業が終わると、俺は静流がノートの清書を終えるのを待っている。終わると彼女は俺の肩に寄り添ってくる。それが今の彼女なりの、精一杯の甘えかたなのだろう。俺も少し抱き寄せるか、手を繋ぐのが精一杯だ。何故か。
ぶっちゃけ話、俺も、多分彼女も『初めての恋人』ではない。…と思う。本人に訊いたわけではないが。なのに俺も静流も、何故かこの『恋』に深く踏み込めないでいる。
だからだろうか。俺は彼女を遊びに連れ出す事が多い。なるべく大勢で、なるべく楽しく過ごせるように。部屋などの密閉空間に二人きりになるのは…熱望しつつ、怯えている俺が居る。…戻れなくなりそうで。
いや、もう賽は投げられた。俺は静流を選んだのだ。
状況は俺の望む望まないに関わらず、動き続けている。だがこれは本当に俺の本意だったのか。…本当に俺は胸を張って、もう割り切ったと云い切れるのか。
シャワーコロンの香りが鼻をくすぐる。さらり、と肩のあたりにかかる黒髪が動く気配がした。
「―――また、むずかしい顔してる」
思わず肩に寄り添う静流を見下ろす。こういう時の彼女は
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