溝出
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いながら、奉が紅茶を啜った。薬袋氏は軽く首を竦めた。
「それが見つからなくて。まるで何処かに歩いていってしまったようだね。…そこで、本題」
―――君たちは、何か知らないか?そう云って彼は、にんまりと笑った。
俺は咄嗟に身構えた。この男が異常な執着を見せる妊婦の遺体を、俺達が傷つけたと思っているのか。ならばこの場所に誘い込んだ目的は、俺達への意趣返しなのか?
「……ふうん、おかしいねぇ」
食いかけのスコーンを置いて、奉が呟いた。
「あんたぁ、どうでも良さそうな顔してるねぇ」
一瞬だけ、薬袋氏が真顔に戻った。
「……とんでもない。僕の大事な妻達ですよ」
そう云って人の良さそうな微笑を浮かべる。俺もきじとらさんの件があるまでは、この男がこんなにも壊れているとは思いもせず、良さそうな医師だな、とすら思っていた。もう遠い昔のことのようだ。
「知らないか、と云われれば、知っていることを答えようかねぇ。…それは『溝出』だ」
「……みぞいだし?」
知らない単語を出された時特有の、素直なポカン顔が現れた。薬袋氏もこんな一般人みたいな表情をすることがあるのだな、と複雑な気持ちがじわりと湧いてきた。
「…そう云われる『妖』、いや、どちらかというと現象かねぇ」
「ほう。この間の輪入道みたいなものですか?」
と、自分が俺達にけしかけた妖の名をさらりと出す。この男、本当に俺達にどう思われようとしているのだ。
「そういう完全な妖とは、少し勝手が違うんでねぇ。…貧乏人が死んだ時に、その始末に困り、葛篭に入れて捨てたところ、中から白骨が飛び出してきて踊り狂ったという。…その皮は、骨と完全に分かれて葛篭の中に残されていたそうだ。ただねぇ」
「………」
「遺体を粗末に扱われた者の骨が肉を捨てて踊り狂う…という個別の現象でしかないのだ。永続的でもないし、恨む者にすら悪さをすることもない。人魂ですら、由来というか逸話があり、反復して同じ場所に現れるものなんだが…この妖は完全に単発なんだよねぇ」
だからこれを妖に分類していいのか、現象なのか…と、奉は考え込んでしまった。
「何がしたいのかな、彼女たちは」
「それな!」
薬袋氏がさりげなく口にした言葉に、奉が食いついた。
「何故、肉と皮を脱ぐのか、何故骨が踊り狂うのか、一切説明がないのだ。それ自体は妖あるあるだけどな。だが俺が気になって仕方がないのはだな、逸話でも、踊り狂った骨がその後どうなったのか説明がないんだよねぇ。踊り狂い、崩れ落ちたのか。そのまま妖となり、何処ぞへ行ったのか」
何が目的だったのかねぇ。そう呟いて、奉はちらりと薬袋氏を見上げた。
「そこで、こちらからも質問だ」
「………質問?」
―――骨は、見つかってないのかい?
ほんの少しの間、沈黙が続いた。水
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