紙舞
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出すような状況でもなさそうだ。これ以上ヒートアップして本格的な危害を加え始めない限り様子を見てても…と俺が密かに日和り始めたその時だ。
「私のノートの、何処がいけなかったんですか?」
思わず、背後の静流さんを振り返った。
俺の袖を掴みながら、おずおずと、伏し目がちにだが、静流さんは確かにそう云ったのだ。
「……はぁ?」
じり、と僅かに気圧されて、タオと呼ばれた女の子が後じさった。
「ページを3分の1分割して用語集もつけて、分かりにくい用語は別に解説もつけて、出題頻度が高い部分はしつこいくらいアンダーライン引いて、板書されなかった部分はコラムで入れて、教科書ともリンクしやすいように…」
ばさり………
紙の束がふわり…と空を舞った。余って教壇に置かれたレジュメ、俺のルーズリーフ、誰かの薄いノート。紙という紙がふわりと舞い上がり、俺達の頭上を覆い尽した。
「授業を受けた事ない人でも分かるように…私、こういう事多かったから、分かりにくいって怒られる度に全部改良して、そのうち私のノートに不満を云う人なんて一人も居なくなって…」
努力の方向間違ってない!?と場違いな感想が頭をよぎったが、空を舞う紙は仲間を呼び寄せるように、更に舞う紙を増やしていった。タオという子を始め、教室に残っていた数人の生徒達は、短く悲鳴を上げながら出口に殺到したが、それを阻むように無数の紙はドアに張り付いた。
紙の舞う教室に、俺たちは閉じ込められた。
「……奉」
頬杖をつく奉に視線を走らせたが、奉は微動だにしていない。口元には笑いすら浮かべていた。
「くっくっく…面白いねぇ…」
「分かりにくそうな部分にはイラストや図も入れて、字も読みやすいようにペン習字検定、取ったんです。…あ、イラストが却ってわかりにくくしちゃったのかな…」
「静流さん!?」
俺は気が付いてしまった。
空を舞う紙の渦は、静流さんを中心に渦巻いていた。
自分を軸に舞い続ける紙の渦など目に入らないかのように、彼女はうわごとのように繰り返す。
「何処が悪かったのかな…私のノート…」
紙は舞いながら、徐々に増え始めていた。恐慌状態の生徒たちは、まだ静流さんの状態に気が付いていない。だがそれはもう時間の問題に思えた。部屋から出られない事を理解した奴らが数人、教室内を観察し始めたのだ。
「―――鎌鼬」
口の中で小さく唱える。静流さんを中心に弧を描く紙の群れを、閃く白刃が千々に乱し、斬り落とした。更に白刃はゆっくりと空を舞う紙を切り裂き、いつしか教室を紙吹雪が満たし始めた。細かく千切れた紙片はドアを抑え込む力を失い、ドアは白い蛾の群れを振り払うようにゆっくりと隙間を見せ始めた。その隙間に滑り込むように、俺達以外の生徒たちは脱出していった。
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