23. 涼風。……と、ぼく。
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たさの風だ。ほっぺたをなでる風の冷たさが心地いい。
かつてゆきおの部屋だった病室の窓が、全開で開いているのが見えた。カーテンがパタパタとはためき、室内を通る風がとても気持ちよさそうだ。
「……」
私は立ち上がり、その窓を見た。
「……ゆきお?」
いるはずない。それは分かってる。だけど。
「……」
ゆきおの部屋の窓を眺める。そんなことありえないって分かってるけど……そんな頭とは裏腹に、あの部屋の窓を見る私の心は、そこにゆきおの姿を求めているのが分かった。
窓から、クリーム色の袖が伸びたのが見えた。
「!?」
立ち上がり、窓を見つめる。ひょっとしたらという、ありえない可能性を期待してしまう自分がいる。
「……ゆき……」
窓から伸びた手が、その全身を見せた。そこにいたのは、ゆきおとは似ても似つかない、クリーム色のパーカーを来た、身体がぷるぷると震えているおじいちゃんだった。
「……ったりめーだろ……いるわけないだろ……」
当たり前の事実。ゆきおは、あの部屋にはもういない。
「……ッ」
私の目に、少しずつ涙が溜まってきた。分かってたのに。あそこにゆきおはいないって分かってたのに。勝手に期待して、勝手に落ち込んで……
桜の木がサラサラと揺れ、冷たい風が私の身体に吹きすさんだ。
「……?」
でも、身体は全然冷たくない。ゆきおのカーディガンが、私を冷たい風から守ってくれているみたいだ。
指輪をつけている薬指がむずっとした。左手を空に掲げる。私の左手の薬指にはめられた二連の指輪が、お日様の光を受けて、キラキラと輝いていた。
「……だよな! あたいとゆきおは、二人で一人だもんな!!」
消毒薬の匂いが、フッと漂った。ゆきおの匂いが、私の胸を包み込む。この香りは、ゆきおの言葉。見ることも話すことも出来ないけれど、声は香りを通して聞くことが出来る。
消毒薬の香りが教えてくれた。『ぼくはここにいる』
「おーい! 涼風ー!!」
摩耶姉ちゃんが、入渠施設のそばから、両手でメガホンを作って、私に向かって大声を張り上げていた。慌てて時計を見る。すでに出撃10分前だ。
「そろそろ時間だぞー!!」
「はーい! 今行くー!!!」
摩耶姉ちゃんに返事を返し、私はもう一度、ゆきおの病室を見た。心地よい風がカーテンをパタパタとなびかせ、窓のそばのおじいちゃんが、清々しい顔で海の景色を楽しんでいた。
あの病室は、もうゆきおの部屋じゃない。ゆきおは、あの部屋にはいない。
だってゆきおは、私の隣にいるから。私とゆきおは、二人で一人だから。
『よっし!』と声を上げ、私は摩耶姉ちゃんの元にかけてい
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