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俺の涼風 ぼくと涼風
18. “絶対に負けない”
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惜しそうに私の頬に自分の口を押し付けた後、立ち上がって私の背中の結束バンドを再び容赦なく引っ張った。ぐいぐいと引っ張られた、親指を拘束している結束バンドは、パチパチと小さい音を立てながら少しずつ締まっていく。

 でも痛くない。もはや肉の人形と化した私は、自身の親指を締めあげられる痛みに鈍感になってしまっていた。……興味が無くなってしまっていた。

 ノムラに引きずられるままに、演習場そばの埠頭まで来た。ここも演習場から死角になっていて見え辛く、身を隠すには最適の場所になっている。その埠頭には、モーターボートが一台、停められていた。

「これで……ふふっ……これで、遠くに行こうな、涼風ぇ」
「……」
「二人だけで、仲良く、愛し合って過ごそうなぁ……涼風……!!」

 こんなもので遠くになんか行けるわけ無いだろうと、私の心の奥底で、私が静かにつぶやいた。だが、その自分自身の心の中でのつぶやきすら、今の私は無関心だった。

『もうどうでもいい』
『どうなってもいい』

 この言葉が、私の耳元で何度も何度も繰り返される。そしてその合間合間に聞こえる、ノムラの荒い息遣い。ニチャリと音を立てるノムラの笑みも、こちらの不快感をかきたてるノムラの呼気も、すべてがどうでもよかった。

 モーターボートに乗る素振りを見せずにただ立ち尽くす私の身体を、ノムラが肩に担ぎあげる。必要以上に身体を撫で回してくるノムラの手の平の不快感にすら、私の身体は反応しない。そのまま私はモーターボートに投げ捨てられた。モーターボートが揺れ、暗い水面に白波が立つ。ノムラがついでボートに飛び乗り、エンジンをかけてボートの舵を取った。

「ここから沖に出たところに小島がある。そこに大きな船がある」
「……」
「それを使って亡命する。どこか遠いところで、二人で、静かに、仲良く平和に暮らそうなぁ。涼風……」

 もはやノムラが何を言っているのか、それすら分からなくなってきた。私の頭が、周囲の認識すら拒絶しはじめたようだ。私はデッキに投げ捨てられたまま、もはや身動きすらできず、ただぼんやりと空を見上げ、漆黒の空を意思の乗らない眼差しで、ただ見つめ続けた。

「島についたら、拘束をといてやる。だからそれまで我慢だ……」
「……」
「ごめんな……愛してるぞ」
「……」

 もはや何も答えられない。何も見えないし、何も聞きたくない。感触も感じたくない。匂いも嗅ぎたくない。味わいたくない。

 モーターボートが走り始めて30分ほど経過した頃。速度が下がり、やがて停止した。

「ほら……涼風……」

 ボートの揺れにバランスを取られながらも、ノムラが私の肩を抱き、上体を起き上がらせる。抵抗する気力も意志も禁止された上、心が外界の一切を拒絶していた私
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