10. お化粧ならあのひと(1)
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私ははじめ、提督の一言が理解出来なかった。それは、この艦隊のメンバー全員も同じだと思う。たった一人を除いて。
『金剛。行けるな?』
『は、ハイ……ごふっ……』
腹部に大きな傷を負った金剛さんが、血を吐きながら提督の通信に答えている。金剛さんの答えは『Yes』。
『やめて下さい司令!! お姉様はもう無理です!!』
同じくこの艦隊に参加している比叡さんが、悲鳴に近い叫び声で通信を送っていた。金剛さんはその横で、出血の激しい身体に鞭打ってなんとか立ち上がろうとするが、足に力が入らず、そのまま前のめりに倒れる。バシャリという水しぶきの音と共に、金剛さんの周囲に血がとんだ。
『作戦の中止は認められん。このまま敵を追撃し、この編成でなんとしても敵を殲滅する』
『なら、せめてお姉様の離脱の許可を!! お姉様はこのままでは轟沈してしまいます!!』
比叡さんが、目に涙をいっぱい溜めて提督に懇願していた。その間も金剛さんは必死に立ち上がり、ゲホゲホと咳をする度に血を吐きながら、再び主機に火を入れている。
比叡さんの必死の懇願のあと、提督からの通信が途絶えた。でも執務室の喧騒は、こちらにも無線を通して聞こえてくる。『お姉様! 戻って下さい!!』という榛名姉ちゃんの悲鳴も聞こえた。ちょうど入渠中で出撃出来なかった榛名姉ちゃんは、傷を癒やした後、執務室に様子を見に来ていたようだった。『提督!! もうこれ以上は!!!』という、大淀さんの声も聞こえる。
『……提督、金剛は貴様の嫁ではないのか』
一緒に出撃していた那智さんが、厳しい口調で提督を問い詰めていた。那智さんは普段から物腰が固いが、こんなにも険しい表情で怒りを顕にする那智さんは初めて見た。
『嫁だよ』
『だったら……』
しばらくの沈黙と喧騒の後、無線機から帰ってきた提督の返事がこれだ。那智さんのサイドテールが揺れる。歯ぎしりの音がここまで聞こえた。
『嫁だからこそ、信じている』
『何をだ』
『たとえ自身が轟沈するようなことになっても、俺の涼風を守り通してくれるとな』
『……クソ野郎が……ッ!!』
私の背筋に氷柱を押し付けられたような、極低温の冷たさが走った。敵と相対したときとは違う恐怖が、私の心をゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。
『涼風ッ!!』
『な、なに……?』
『撤退命令を出せ!! 旗艦の貴様が命令を出せば、我々はそれに従うッ!!!』
那智さんがすさまじい剣幕で、私に怒号をぶつけてきた。確かに私はこの艦隊の旗艦だ。私が撤退命令を出せば、提督の指示はどうであれ、作戦は中止となる。『涼風ちゃん!! お願い戻って!!!』という榛名姉ちゃんの悲鳴も聞こえてきた。
『那智ィ……俺の涼風にそんな怒声を浴びせる
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