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俺の涼風 ぼくと涼風
7. 二人で一人(2)
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 私は後ろを振り向けない。でも声は聞こえる。そんなに重大な損傷は受けてないらしい。

「榛名ッ!!」
「なんですかッ!?」

 言わないで摩耶姉ちゃん。その先を言わないで。聞かないで榛名姉ちゃん。お願いだから……

「選手交代してくれ! 涼風を……」

 お願いです。摩耶姉ちゃんお願いします。言わないで下さい。あの言葉を言わないで下さい。榛名姉ちゃんにやらせないで下さい。

――みんなにさ……

「守ってくれ!!!」

 私の視界から、周囲の一切が消えた。

「!?」

 空が黒い。今は昼のはずなのに……昼のように明るいのに、摩耶姉ちゃんが『守ってくれ』と言ったその瞬間から、空は黒くなった。

 海は赤くなった。あの日のように……凄惨な戦いの後、みんなの肉片が散らばっていたあの日の海のように、赤く染まっていた。

 私の前に、真っ白い制服を身にまとい、真っ白い帽子を目深に被った男が立っていた。ここが海であるにも関わらず、その男は海面をゆっくりと歩き、私に近づいてくる。

「あ……あぁ……」

 一歩一歩、コツコツと靴の音を響かせて、目の前の男が近づいてきた。目深に被った帽子のせいで顔は見えないが、それが誰かは、一目で分かった。

――守ってもらえば、いいじゃあないか……なぁ

 私の目の前まで歩いてきたその男……ノムラ提督は、私にその醜悪な顔を見せ、私を優しく包み込んだ。ノムラ提督の身体は氷のように冷たく、私の身体を冷やす。私の身体は寒さに震え、指一本、満足に動かすことが出来なくなった。

「ひ……ヒッ……」

――涼風ぇえ……

 恐怖で引きつる私の頬に、ノムラ提督が自身の冷えきった頬を重ねる。私の耳に、ノムラが口を開くニチャリという音が届いた。背筋に悪寒が走る。全身がノムラの抱擁を拒否するが、同時に恐怖がそれを許さない。私の身体に、動くことを禁止する。

『涼風!! 返事しろ涼風!!』
「魚雷来てんぞ!! 避けろ!!」

 執務室にいるはずの、今の提督の声が聞こえる。摩耶姉ちゃんの叫びも聞こえる。でも、どこか遠いところからだ。私の身体は反応しない。

「涼風ちゃんッ!!!」

 榛名姉ちゃんの声も聞こえた。気のせいか……昔の呼び名で呼ばれた気がするけど……でも。

 ノムラの極低温の右手が、私の頭を撫で始めた。その感触はとても優しく、そしてとてもおぞましい。気色の悪い右手が、私の頭を愛撫し続ける。

――俺の涼風……愛しい愛しい……俺だけの……涼風だもんなぁぁあアアア

 逃げられない……この男は、未だに私の身体を支配し続けている。この男のおぞましく醜悪な純愛は、未だ私の身体にべっとりと絡みつき、私以外の誰かを、私の代わりに轟沈させようとしている
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