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俺の涼風 ぼくと涼風
5. 海に出たことのない艦娘(2)
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れはゆきおも同じようで、私と同じく、ゆきおの声は震えていた。いつもなら『優しい声』だと感じるゆきおの声も、今だけは、『怯えきった弱々しい声』だと、私の耳は認識した。

「……お前たち」

 提督が椅子からたち上がり、コツコツと足音を執務室に響かせて、私たちの元まで歩いてきた。私とゆきおは顔を上げられない。だからその時、提督がどんな顔をしているのか分からなかった。だけど、聞こえる足音はとても冷たくて、私たちに対する怒りが、一歩一歩に込められてるように感じた。

 私たちの前まで来た提督の足音が止まった。俯いた私の視線の先には、床の上の提督の足が見えた。

「自分たちが、どれだけ迷惑と心配をかけたか、分かってるか」

 冷たく、怒りを押し殺したように聞こえる静かな声が、私とゆきおの耳に届いた。

「う、うん……」

 震えた喉から、やっとのことで返事を絞り出し、一度だけ、コクリと頷く。ゆきおも、小さくか細い声で、『はい』と一言だけつぶやいていた。

「……顔を上げろ」
「……」
「……いいから、顔を上げろ」

 ともすると、冷酷な死刑宣告のようにも聞こえる提督の一言で、私は心臓を鷲掴みされたかのような不安感に襲われた。戸惑って顔を上げることが出来ず、ゆきおの様子を伺う。ゆきおも私と同じようで、両肩を小刻みに震わせ、目をギュッと閉じて俯いていた。

「ゆきお」
「……はい」
「涼風」
「お、おう……」
「顔を上げるんだ」

 静かで冷たい声による、提督からの三度目の命令だ。さすがにもう逆らえない。私とゆきおは意を決し、恐る恐る顔を上げ、提督のご機嫌を伺うように、その顔を見た。

「ふぁ……」

 その途端、ゆきおが小さくか細い悲鳴を上げた。提督の手が、ゆきおの頭をワシワシと乱暴に、撫で始めた。

「と、とうさん……っ!」
「……」
「な、なにするの、とうさんっ!」

 提督の手を振り払うように、ゆきおは両手をわちゃわちゃさせて、提督に必死に抵抗していた。でも、提督のワシワシは止まらない。ゆきおの頭をワシワシし、キレイなおかっぱの髪をくしゃくしゃと乱していた。

「……楽しかったか?」
「や、やめ……へ?」

 提督の手が止まった。私とゆきおはその時はじめて、提督が笑顔でいることに気付いた。ゆきおの部屋で、ゆきおに対して向けているような……でも、そのときよりも何倍も柔らかく、そしてそれ以上に優しい……でも、後もう少しで泣きだしてしまいそうな、そんな不思議な笑顔をしていた。

「どうだ雪緒。ずっと行きたがってた海は、楽しかったか?」
「え……う……」
「何者も遮らない、先の先の、ずーっと先までつづいた水平線……キラキラと輝く水面……初めての海は、楽しかったか?」
「う……う
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