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霊群の杜
ぬらりひょん
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近寄れない。船幽霊は柄杓をよこせ、と凄んできて、ビビって渡すとその柄杓で海水を掬って船に流し込まれて沈められるが、予め底を抜いた柄杓を渡すと海水を掬えず、逃れることが出来る。だが」
「ぬらりひょんには、そういうのはないのか」
「そうなんだよねぇ…家だぞ?家に入り込む妖ってのは往来で行き逢う輩に比べて、約束事が多いものなんだが…」


ぬらりひょんは、実に自由に人の領域に這入り込む。


「…人ばかりが、妖を畏れているわけではない。お前も『視える』質なら、思い知らされているだろう?」
妖が人を畏れているかどうかは知らないが、俺は奴らが意外と不自由な存在であることは知っている。俺は返事をしなかった。少しの間、無言の雪中行軍が続く。
「…つまり、ぬらりひょんって妖は、妖の『理』の外に居るってことか」
「そうだねぇ…『理』ってのは所謂、線引きさね。人と、妖の。外に居る…というよりは、線引きが曖昧…ということにしておくかねぇ。妖の理から外に出てしまったら…」


あいつは、人間ってことになっちまうからねぇ……。


その云い方は、やはりひどく曖昧で…その言葉選びに、奴には珍しい『迷い』を感じた。
「―――なぁ、飛縁魔は、ぬらりひょんなのか」
「野暮だねぇ。飛縁魔もぬらりひょんも、人が考えた呼び名だろ。…今のあいつは、自分の名を選んでいる」
「そうなのか!?」
「…エマって云うんだってよ」
背後から奉の忍び笑いが聞こえた。
俺は、酷くホッとしていた。
飛縁魔…エマさんが人に近い何かなのだとしたら、玉群に居たがる理由が分かる気がする。


エマさんは、名をくれた縁ちゃんの傍に居場所が欲しかったのだ。

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