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希望の国
第八章

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「なったら扱いが奴隷だった時より遥かによくなったしね」
「よかったっていうんだ」
「奴隷だった時も幸いよくしてもらったけれど」
 その裕福な商人にというのだ。
「キリスト教徒よりも余程いいご主人だったからね」
「君達を騙して奴隷にした人達よりも」
「うん、ずっといいからね」
 だからだというのだ。
「もうね」
「改宗してよかったんだ」
「心からそう思っているよ」
 ペーターはニコラスに淀みのない声で言った。
「僕達を騙した人達と縁を切れてね」
「そう思っているんだ」
「そうだよ、本当に心からね」
「ペーターがそう思うなんて、ただ」
「ただ?」
「皆はどうなったんだい?」
 ニコラスは他の彼等のことが気になってペーターに尋ねた。
「一体」
「さて、皆奴隷として売られてね」
 そしてとだ、ペーターはニコラスに悲しい顔で答えた。
「そしてね」
「もう、なんだ」
「誰に買われてどうなったのかね」
「わからないんだ」
「一切ね」
 そうだというのだ。
「ここに来るまでに結構死んだし」
「生き残った皆も」
「そんな有様だよ」
「そうなんだ」
「今ここにいるのは僕達だけだよ」
 十字軍として参加した子供達でアレクサンドリアにいるのはというのだ。
「そもそもニコラスがここにいることすらね」
「知らなかったんだ」
「会えて嬉しいよ、けれどね」
 ペーターは再会は喜んでいた、それで笑顔にはなっていた。だがその笑顔に悲しい残念そうなものも含めて言うのだった。
「僕はもうね」
「改宗したんだ」
「今度旦那様の紹介でいい家の人と結婚するんだ」
「サラセンのだね」
「そうだよ、もう僕はここで暮らすよ」
 イスラム世界、その中でというのだ。
「そうするよ」
「そうなんだ」
「もう十字軍なんて聞きたくもないよ」
 ペーターはニコラスにこうも言った。
「忌まわしい思い出だよ」
「そうなんだ」
「うん、じゃあね」 
 ペーターの方から別れの言葉を出した。
「商いの最中だから」
「それじゃあ」
「さようなら」
 これが最後の言葉だった、ペーターはニコラスの前から姿を消した。そしてだった。
 ニコラスは友と別れてからだ、船乗りに言った。
「あの」
「帰るかい?」
 船乗りはこうニコラスに言った。
「船に」
「はい」
 ニコラスは力なく答えた。
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