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師匠に言われても
第一章

[2]次話
       師匠に言われても
 淀屋橋きいは空手三段で運動神経も抜群だ、それで周囲からスポーツや格闘技では一目どころかかなり上に見られている。
 だがそんなきいにも苦手なものがある、それは何かというと。
「お姉ちゃんまたなんだ」
「悪い?」
 朝食の時に向かい側の席の弟に言われた。見れば朝食の食卓に出ている納豆だけは目もくれていない。
「納豆食べなくて」
「いや、悪くないけれど」
 弟はこう姉に返した。
「ただ本当に嫌いなんだなって」
「匂いも見た目もね」
 その全てがというのだ。
「嫌いなのよ」
「食べたことは?」
「子供の頃に一口だけね」
 あることはあるというのだ。
「あるわ、けれどね」
「食べてもなんだ」
「駄目だったのよ」
 合わなかったというのだ。
「とてもね、だからね」
「今もなんだ」
「食べないのよ」
 こう弟に言った、それもむっとした顔で。
「納豆だけはね」
「そこまで嫌いなんだね」
「そうよ、だからいいわ」
「わかってたけれどね」
 母も言ってきた、娘の空手三段とは思えない可愛らしい顔を見ながら。
「きいは納豆だけは駄目ね」
「じゃあ何で今朝出したのよ」
「ひょっとしてって思って」
 食べるかも、というのだ。
「出したけれど」
「だから食べないから」
「絶対になのね」
「そう、食べないから」
 きいはまた言った。
「これだけは」
「わかったわ、じゃあお昼にお母さんが食べるわ」
 きいに出した納豆はというのだ。
「そうするから」
「最初からそうすればいいのに」
「嫌いなものを食べられたらいいでしょ」
 それに越したことはないというのだ。
「だから出したの」
「他の食べものはともかく」
 実際にきいは他のものは食べている、御飯に卵焼きにお味噌汁、それに漬けもの等は。
「納豆だけはだから」
「わかったわよ、じゃあお昼食べるから」
「もう出さないで」
「そういう訳にもいかないわよ」
 母親としては娘の嫌いな食べものをなくしたいと思ってだ、しかしきいはどうしても納豆は食べなかった。
 それは家族にも他の誰にも言われてもそうだった、それは通っている空手道場でも同じで。
 道場で食事が出されても納豆が出れば食べない、その彼女を見て道場の主である師匠は年老いているがしっかりとした顔で彼女に言った。
「納豆だけはか」
「はい」
 自分に空手も人の道も教えてくれている師匠には頭が上がらない、だがその師匠に言われてもだった。
 納豆は食べない、それで言うのだった。
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